PSR B1937+21

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赤経 (RA, α) 19h 39m 38.560210s[2]
赤緯 (Dec, δ)+21° 34 59.14166[2]
PSR B1937+21
星座 こぎつね座[1]
分類 パルサー
位置
元期:J2000.0
赤経 (RA, α)  19h 39m 38.560210s[2]
赤緯 (Dec, δ) +21° 34 59.14166[2]
固有運動 (μ) 赤経: -0.130 ミリ秒/年[3]
赤緯: -0.464 ミリ秒/年[3]
年周視差 (π) <0.28[2] ± 0.08 ミリ秒
距離 >3600 パーセク[4]
こぎつね座(Vulpecula)  と PSR B1937+21 の位置(赤)。
こぎつね座(Vulpecula) と PSR B1937+21 の位置(赤)。
物理的性質
自転周期 1.5578065 ms[2]
年齢 2.29 × 108[5]
他のカタログでの名称
PSR B1937+214, 4C21.53, PSR J1939+213
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PSR B1937+21は、世界で最初に発見されたミリ秒パルサーで、地球から見てこぎつね座の方向に存在する。世界で最初に発見されたパルサーであるPSR B1919+21からは3度程離れた位置にある[1]。 その名称はパルサーから取られたPSR、1950年元期を示すB、赤経及び赤緯から構成されている。 PSR B1937+21は1983年ドナルド・C・バッカー英語版[6]シュリニヴァス・クルカルニカール・E・ハイレス英語版、マイケル・デーヴィス、ミラー・ゴスによって発見された[1]

自転周期は1.557708ミリ秒、すなわちおよそ 642 Hz で自転している[7]。この速度は天文学者がそれまでに推定していた最高回転速度よりさらに速かったので、伴星からの物質がパルサーに『降る』ことによって回転が加速したと考えられた[8]。PSR B1937+21 の自転はその後発見された他のミリ秒パルサーと同様に非常に安定しており、原子時計と同様に正確な時間を計ることができる。稀に、流束密度として過去に観測された電磁波の中でも最も明るい規模のパルスを発するという特異な振る舞いを示す。これらのこのパルサーの特徴は研究分野の活性化に大きく貢献した。

パルサーの略図。中央にある球は中性子星で周りにある曲線は磁場を表し、両極から出ている青い部分が電波の信号の発せられている領域である。垂直な緑線は回転軸を表している。

パルサーの世界初発見は1967年ジョスリン・ベル・バーネルと彼女の博士号の研究を師事した アントニー・ヒューイッシュにより、大規模ダイポールアンテナアレイを用いて成された[9]。発見からすぐにフランコ・パッチーニとトーマス・ゴールドはそれぞれ独立してパルサーは強い磁場を持つ中性子星であることを提唱した。また、パルサーになる前は 太陽の10倍ぐらいの質量を持つ星で、それがII型超新星爆発を起こしたものとしている。[10][11]この説によれば、パルサーの電波信号はプラズマと高速で回転する磁場の相互作用によって両極から出る。パルサーの両極から出ている電波は中性子星の回転によってビームが回転し、ある箇所から見ているとパルスが出ているように見えるというのである。

発見

1970年代の後半、天体4C21.53は「異常に高レベルな惑星間シンチレーション英語版によって」[12]多くの天文学者たちの注目を浴びた。惑星間シンチレーションはコンパクト電波源につきものであるため、4C21.53が超新星残骸であることが示唆された[12]。しかし、1974年にラッセル・ハルスジョゼフ・テイラーによりアレシボ天文台を使って行われたパルサー探索は空振りに終わった[13]。そのためこの天体はパルサーではなく、今までに発見されたことのない種類の天体なのではないかとの憶測もあった[14]。1982年にドナルド・バッカーはそれまでの観測では極めて速いパルサーは見つけられないことに気がつき、500 Hz までの観測をしていたが[15]、これでも 642 Hz のパルサーの発見には不十分だった。当時、大学院生だったシュリニヴァス・クルカルニは可能な範囲内最も速いスピードで観測し、当時最新式であったアレー・プロセッサーを使って[要出典]0.4秒間分の信号を平均し、実効観測速度を2500Hzまでに引き上げ[5]、1.558ミリ秒の周期のパルサーの信号の検出に成功した。642 Hzという速度は天文学者達が予想していた速度と桁違いに速かった[5][7]。信号が激しいシンチレーションをしていたので、間違いでないことを確認して論文が出たのは1982年の11月だった。

特徴

パルサーの年齢と減速率

1982年にバッカー達が発見した当時、PSR B 1937+21の自転周期は 3×10−14 s/s で増加[7]、すなわち自転は減速していた。パルサーは電波放射によって回転エネルギーを失うので時間の経過と共にその自転は減速する。パルサーの最高回転速度は遠心力と自己重力の釣り合いもをとに0.5ミリ秒周期程度だとされており[16]、発見当時の回転周期と減速率をもとにこのパルサーの最高年齢は750年と計算された[8]。パルサーの最高回転速度は用いる中性子星状態方程式の違いにより0.3から 1ミリ秒ぐらいが限界だと考えられている[17][18]。パルサーの最高速度はこの他にも重力波の放出などによっても制限される可能性があるという説がある[16]

しかし、この750年という年齢はこの領域の他の波長の観測結果とは相容れないものだった。例えば可視光では超新星残骸は見つからず、X線で観測しても明るいX線源はなかった[1]。このパルサーが750年の若さならば、もし、動いていたとしても、それほど誕生時の位置から動いているはずもなく、何らかの超新星残骸が近傍に見つかるはずである。また、若いパルサーは熱いはずで、その熱放射はX線領域で観測されるはずである[8]ヴェンカトラマン・ラーダークリシュナン英語版とG. シュリニヴァサンは超新星残骸がないことに注目し、このパルサーは初めはそれ程速く回転していなかったが、伴星からの物質が降着したことによって回転が加速させられたと考えた。また、理論上の減速率は毎秒 1×10−19秒だとした[8]。バッカーたちは1982年12月には減速率の上限を毎秒1×10−15秒に修正していたが[19]、今日までのデータでは、毎秒1.05×10−19秒で[2]理論値に近い。従ってPSR B1937+21の年齢は2.29×108年と計算され、観測と矛盾しない値となっている[5]

このパルサーを加速させた伴星はもはや存在せず、伴星を持たないミリ秒パルサーの数少ない例の一つである[20]。一般にミリ秒パルサーはそれを加速させるのに必要だった伴星を持つが、一旦高速になった後は伴星を持つ必要はないので、このミリ秒パルサーのように『独身』のミリ秒パルサーは伴星による加速説を否定するものとは考えられていない。伴星が蒸発したか、潮汐破壊された可能性があると考えられている[21]

パルス信号

PSR B1937+21 には、一自転周期の間に主パルスと中間パルスの2つのパルスが観測されている[15]。また、PSR B1937+21は普通のパルサーにはない極めて巨大なパルスをたまに出す事で知られている。1995年までにはこのような例は他にかにパルサーしか知られていなかったが、2006年までには1500のパルサーのうち11例見つかっている[22][23]。巨大なパルスが初めて見つかったのはパルサー自身の発見から比較的すぐの1984年だったが、その速い回転速度のために詳しいデータ解析は10年以上もなされずに放置されていた[22][24]。最近ではもっと巨大なパルスも発見されている。不思議なことにこの巨大なパルスは普通のパルス信号後部に現れる[25]。この巨大なパルスは信号全体に比べると極めて短く10ナノ秒ぐらいである[25]。流束密度にはばらつきがあるが 6.5×10−22 Wm2Hz16.5×104 ジャンスキー)にのぼることがある[25]。このように大変短く、流束密度の高い信号から計算される輝度温度5×1039 K を超えるため、電磁波では時々最も高輝度天体になるといえる [25]。従って、PSR B1937+21は最も高輝度なミリ秒パルサーであるといえよう[26] また、電波だけでなくX線でも主信号と中間信号が観測される[4]

伴星

意義

出典

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