UPS航空2976便墜落事故

2025年11月4日にアメリカ合衆国ケンタッキー州で発生した貨物機の航空事故 From Wikipedia, the free encyclopedia

UPS航空2976便墜落事故(UPSこうくう2976びんついらくじこ)は、2025年11月4日アメリカケンタッキー州ルイビル近郊で発生した航空事故である[1]

概要 エンジン脱落による操縦不能(調査中)
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ルイビル国際空港近郊
北緯38度8分54秒 西経85度44分6秒
乗員数 3
概要 出来事の概要, 日付 ...
UPS航空2976便
UPS Airlines Flight 2976
飛行機の左主翼が建物に衝突する様子を捉えた監視カメラの画像
出来事の概要
日付 2025年11月4日
概要 エンジン脱落による操縦不能(調査中)
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ルイビル国際空港近郊
北緯38度8分54秒 西経85度44分6秒
乗員数 3
負傷者数 0
死者数 3(全員)
生存者数 0

2025年4月29日に撮影された当該機
機種 マクドネル・ダグラス MD-11F
運用者 アメリカ合衆国の旗 UPS航空
機体記号 N259UP
出発地 アメリカ合衆国の旗 ルイビル・モハメド・アリ国際空港
目的地 アメリカ合衆国の旗 ダニエル・K・イノウエ国際空港
地上での死傷者
地上での死者数 12
地上での負傷者数 22
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ルイビル・モハメド・アリ国際空港からハワイ州ホノルルダニエル・K・イノウエ国際空港に向かう予定だったUPS航空2976便(マクドネル・ダグラス MD-11F)が、ルイビル国際空港17R滑走路から離陸した直後の現地時間午後5時13分(UTC-5)に墜落した[2]

この事故で乗員3人全員が死亡した他、地上でも12名が死亡し、22名が負傷した。この事故は現在、国家運輸安全委員会(NTSB)が調査を進めている。

事故機

タイ国際航空在籍時の事故機
2005年9月23日 チューリッヒ

事故機はマクドネル・ダグラス MD-11F(機体記号:N259UP、製造番号:48417)で1991年に初飛行し、旅客機として7月にタイ国際航空に納入された(機体記号:HS-TME)。

その後、貨物機として改造され、2006年にユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)の完全子会社であるUPS航空に納入された。当機はゼネラル・エレクトリック CF6-80C2D1Fエンジンを3基搭載し、機齢は34年を超えていた[3][4]。最後の点検は2021年10月に行われ、次の点検まであと6000回ほどの離着陸回数を残していた[5]

事故の詳細

左エンジン脱落の瞬間

フライトデータレコーダーの記録によると事故機は地上からわずか 9.1 mしか上昇できず、最高地上速度は 185 kn (343 km/h; 213 mph) だった[6]。事故当時、危険な貨物は運んでいなかった。

航空機は午後5時13分(UTC-5)に滑走路17Rから離陸を開始した。ローテーション速度 (VR)に達し機首上げ動作を行った瞬間、左エンジンとパイロンが主翼から脱落した[7][8]。機体は左主翼部分から炎を上げながら機首上げを続けたが、高度が上がりきらないままUPSが保有する倉庫の屋根に激突し、左に大きく傾いて空港付近の工業地帯に墜落[9]、機体は空港周辺にあった石油リサイクル施設に直撃し[10]、墜落により約144,000リットルのジェット燃料[注 1]と石油リサイクル施設が取り扱っていた廃油が飛散・引火し、墜落現場付近で大規模火災が発生した[11]。事故後、滑走路17R近くの芝生の一部に左エンジンの残骸が散らばっていた。

火災は約5時間半後の午後10時30分(UTC-5)までにほぼ完全に鎮火し、犠牲者の捜索を行っている。事故の際に複数の工場の建物が焼損、破壊され人が中に閉じ込められたという報告もあった。

被害状況

当局は、少なくとも乗員全員と地上12人の合わせて15人が死亡し[12][13]、22人が負傷したほか、16世帯から家族が行方不明との報告を受けた。負傷者の何人かは重傷を負い、近くの病院で治療を受けている。

反応

ケンタッキー州を含む多くの地元の政治家が犠牲者に哀悼の意を表した。ミッチ・マコーネル並びにランド・ポール上院議員2名が哀悼の意を表している。モーガン・マクガービー議員は、現場の第一応答者の勇気に感謝を表した。またUPS航空も声明を発表している[14]

ルイビルとインディアナ州ジェファーソンビルの間のオハイオ川を渡るビッグフォー橋は、UPSのロゴカラーの1つである黄色で照らされた。

影響

ルイビル国際空港は一部を除いて営業が再開されたが、事故があった17R滑走路は事故後ほど閉鎖され、滑走路が1本しか使用できなくなったため、航空便に大幅な遅れが生じた[15]。 また、同空港はUPSの同社最大ハブ「Worldport」が稼働していたが、6日朝まで業務停止し、一部遅配などの影響が出たと見られている[16]

事故を受けてUPSは11月7日、保有機材のおよそ9%を占めている保有する26機のMD-11Fの運航を停止し[17][18]、後述の事故調査報告なども受け2025年第4四半期決算発表で同社同型機の全機退役を決定した[19]

アメリカ連邦航空局(FAA)は、全同型機に対し飛行前に航空機の点検と必要な是正措置を義務付ける緊急耐空性改善通報を発行[20]。貨物機などで運用がされていて設計が類似しているDC-10の運行も一時的に停止する指示を出した[21]

これを受けてFedExも運航を見合わせてたが[22]、試験飛行の後[23]、2026年5月に運用を再開している[24]

調査

回収されたコックピットボイスレコーダー(左)とフライトデータレコーダー(右)

国家運輸安全委員会連邦航空局が調査に着手。事故現場からコックピットボイスレコーダーフライトデータレコーダーが回収され[25]、データのダウンロードも正常に行われている[26]

予備報告

国家運輸安全委員会は11月20日に予備報告書を発表した。報告書では、左パイロン後部のマウント部分が「疲労による破断」によって破壊されていたことが判明している[8][21]。2026年1月14日に公表された調査更新報告ではボーイングは事故以前にこのマウント部分不具合を3機4件確認していて、2011年に5年に一度の目視検査を求め、改良部品交換を推奨する内容の技術情報文書を発行していたとしている[27]

墜落時の同機の飛行回数は2万1043回であったが、特別に詳細な検査を必要とする基準(2万9200回)には達しておらず、10月18日に行われた検査では通常の点検のみが行われたものと考えられている[5][8]。貨物機は旅客機よりも搭載量が大きく、エンジンへの負荷が旅客型よりも強くかかりやすいと指摘されている。また、元MD-11のパイロットでデルタ航空の教官だったマーク・ステファン氏は「稀なことだがエンジンは激しい振動の際に機体から外れる設計になっている」と語った[28]

最終報告書は詳細な事故原因と安全勧告などを含め2 - 3年後に発表される予定[29]

脚注

関連項目

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