「写真の都」物語
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本展は、2021年2月6日から3月28日まで、名古屋市美術館企画展示室1・2を会場として開催された[1][2]。主催は名古屋市美術館、毎日新聞社、名古屋テレビ放送、読売新聞社で、後援は名古屋市立小中学校PTA協議会、助成はポーラ美術振興財団と三菱UFJ信託地域文化財団であった[2]。
名古屋市美術館年報によれば、本展は同館が1988年の開館以来続けてきた、地元名古屋の写真表現に関する調査、展覧会開催、作品・資料収集の蓄積を踏まえた企画であり、500点を超える写真作品と雑誌・資料によって、近代100年にわたる名古屋の写真表現の展開を「運動体」として跡づける初めての試みとされた[2]。また、本展は当初2020年9月12日から11月1日までの開催を予定していたが、新型コロナウイルス感染症への対応と、同年11月に予定されていた美術館改修工事の前倒しにより延期された[2]。
展覧会名は、日高長太郎が1911年に記した「そして共に倶に進んで写真の都!! 名古屋たらしめたい」という言葉に由来する[3][5]。図録序文では、写真表現の変遷を個人の表現史として回顧するのではなく、複数の人々が出会い、共通した目的と方向を共有して生まれた表現を「運動体」として捉え、社会的・時代的要請に写真がどのように応じたかを検証することが、本展および図録の目的として示された[3]。
展示構成
- 「写真芸術のはじめ―日高長太郎と〈愛友写真倶楽部〉」
- 「モダン都市の位相―『新興写真』の台頭と実験」
- 「シュルレアリスムか、アブストラクトか―『前衛写真』の興隆と分裂」
- 「“客観と主観の交錯”―戦後のリアリズムと主観主義写真の対抗」
- 「東松照明登場」
- 「〈中部学生写真連盟〉―集団と個人、写真を巡る青春の模索」
名古屋市美術館の年報では、1920年代の愛友写真倶楽部に始まる名古屋の写真表現が、1930年代末の「前衛写真」、戦後のシュルレアリスム、リアリズムと主観主義写真の対立、東松照明の登場、さらに〈中部学生写真連盟〉を軸とする学生写真運動へと連なる流れとして整理された[2]。同年報は、1930年代末に「前衛写真」と呼ばれた名古屋発信の表現が全国を席巻した一方、戦時下の思想統制のもとで分裂と終息を余儀なくされ、戦後にはシュルレアリスムの思潮が復活して、主観を強調する表現がリアリズム運動と競合したと述べている[2]。
関連催事
図録
本展にあわせて、竹葉丈編著の図録『「写真の都」物語 名古屋写真運動史 1911-1972』が国書刊行会から刊行された[7]。判型はB5判、291頁、ISBNは978-4-336-07198-9である[7]。年報では、図録は26.2×19.4cm、290頁と記載されている[2]。
図録序文によれば、同書は日高長太郎と〈愛友写真倶楽部〉、名古屋における「新興写真」、前衛写真、戦後シュルレアリスム、東松照明、学生写真運動までを6章で構成し、第V章の東松照明を除いて、すべて複数の写真家の活動と表現によって叙述されている[3]。国書刊行会は内容紹介で、全国の高校生・大学生による1960年代の写真など、初公開資料を多数収録した資料性の高い書物として紹介している[7]。