くしゃみ講釈
古典落語の演目
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『くしゃみ講釈』(くしゃみこうしゃく)は、古典落語の演目。別題として『くさめ講釈』(くさめこうしゃく)[1]。もとは上方落語の演目で、上方では『くっしゃみ講釈』(くっしゃみこうしゃく)という演題も用いられる[2][注釈 1]。
講釈師のために好きな女性に振られた男が、その腹いせに知り合いの入れ知恵で講釈の実演中に唐辛子を燻してくしゃみを誘発させるという内容である。
物覚えの悪い男が、当初燻す予定だった胡椒を買いたいという意思を伝えるために見世物芸能のひとつである「のぞきからくり」の口上(のぞきからくり節)を演じる場面がある(歌詞や節回しは東西で大きく異なる)。また話の山場では講釈師による講釈も再現される。
あらすじ
主人公の男は町内でも評判の女性といい仲になるが、彼女と夜半逢い引き中に、腹痛に見舞われ、便所を探し回って二人がいる路地に入ってきた講釈師が犬の糞を踏んでしまう、それを無精なため壁になすくった所が壁にへばり付いていた主人公の顔だった。驚いた主人公が叫ぶと講釈師と彼女は逃げてしまう。そして翌日「昨日の話に続きがあるから付き合って」と彼女の家に呼びに行くも「付き合っていて良い人だと思ったけど、犬の糞の雑巾代わりにされる人と一緒になっても末に見込みがないから」と言われて彼女から一方的に別れを告げられてしまった[注釈 2]。
兄貴分にこのいきさつを話した主人公は彼女との仲を台無しにされた上、それが元で別れを告げられてしまったことに怒り心頭で講釈師に対して復讐を決意し、「講釈場に暴れ込んで講釈出来なくしてやる」と息巻くが、「そんな事したら臭い飯食う事になる。そんな事しなくても良い。ほんの少しでも講釈出来なくすれば良いんならもっと良い手がある」と兄貴分はある方法を主人公に指南する。その方法とは講釈場の最前列に陣取り、講釈師が語り始めたら、小さな火鉢(暖を取るために観客に配られている)で胡椒の粉をいぶして、その煙を吸わせるというものだった。こうすれば、胡椒の粉をいぶした煙を吸った講釈師はくしゃみに見舞われて、講釈をまともに語れなくなり、困り果ててしまうだろう、その後文句を言ったら良いというのだ。
感心する男に、兄貴分は夜席に間に合うよう、「今すぐに角の八百屋(東京では乾物屋)で胡椒の粉を買ってこい」と指示を出すが、主人公は何を買うのかをすぐに忘れてしまう。兄貴分は、男がのぞきからくり語りの口上を好んでやっていることに目を付け、のぞきからくりの演目『八百屋お七』の登場人物「小姓の吉三(こしょうのきちざ または こしょうのきっさ)」から連想して思い出すよう指南した(上方ではこのあと「八百屋」へ向かうため、連想がより強い)。
店へ着いた主人公は、注文するものが結局思い出せなかったので、店の前でのぞきからくりの口上を演じてみせる。見物の人だかりがどんどんできる。一段すべて語り切って、何とか胡椒を注文できたものの、品切れだった。店主が「唐辛子の粉もくしゃみがよく出る」と言うので、主人公は薦められるままに唐辛子を買った。
兄貴分は角の八百屋に行ったのに戻りが遅く、日の暮れに「兄貴、今戻った」と戻って来た主人公に怒りながら「お前、何処まで行ったんだ?隣町の八百屋まで行ったのか?」と問うと「角の八百屋に行ったけど、何買うか思い出せずにのぞきからくり一段そっくりやった」と答えたため、呆れる。そして「胡椒売り切れてた。でも八百屋の主が「唐辛子でもくしゃみ出ます」って言うから唐辛子の粉買って来た」と言うと、兄貴分は「お前、講釈場は座る場所が決まってるんだ。あの角はあの店の旦那とか。たから早く行かないと前に座れないじゃないか」と愚痴る。
そして夜席の時間になり、主人公と兄貴分は講釈場に入った。例の講釈師が釈台に上がり、『難波戦記』(東京では『三方ヶ原軍記』)を語りはじめる。ふたりは計画通りに唐辛子の粉を火鉢にふりかける。すると、講釈師の語りは、声が上ずったり裏返ったり、同じ個所を行ったり来たりと、メチャクチャになり、とうとうくしゃみが止まらなくなってしまう。
ふたりは講釈師にヤジを浴びせて帰ろうとする。講釈師が男に「何か故障(コショウ)でもおありか(何か文句があるのですか)?」と訊くと、男はすかさず次のように答えた(サゲ)。
「胡椒(コショウ)がないから、唐辛子をくすべた(燻した)」