すヾみ舟
1932年に製作された日本初のサイレントアダルトアニメ映画
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あらすじ
解説

制作者と言われる木村白山(きむらはくざん、生没年不詳)は、日本アニメ史の黎明期に活躍した作家として知られる。麻生豊の4コマ漫画『ノンキナトウサン』のアニメーション化や、文部省主導による教育映画も手掛けたほか、朝日キネマで『勤倹貯蓄 塩原多助』(1925年)[注 4]、『実録忠臣蔵』(1925年)、『松ちゃんの剛勇』(1926年)などの短編アニメーションを監督していた[9]。その傍ら小石川春日町の自宅で、三年の歳月をかけて制作したのがこの作品である。
作品の画風は浮世絵タッチの日本情緒を感じさせるものだったようで、近代洋画的なデッサンの写実性もあったといわれる。当初は二巻物とするつもりだったところ、一巻の完成直後に非合法なわいせつ映像として小石川警察署(現・富坂警察署)に摘発され押収、木村も検挙されたために二巻目は制作されることはなかった。
押収された35ミリ原版の他に、16ミリプリントが何者かによって複製されており、ブルーフィルムとして戦前期を中心にアンダーグラウンドで密かに流通したという[7]。画家の毛利厄九は、性科学誌『人間探求』(第一出版社)1952年7月号に本作の映画評を寄稿しており、1937年以前に非常に状態の悪い16ミリプリントで本作を鑑賞したとしている。また杉本五郎の伝聞によると終戦直後、進駐軍により試写され、後に16ミリプリントが「ウタマロ・アニメ」として外国で売られていたという話もある[4]。
ブルーフィルム研究の第一人者である長谷川卓也は、本作について次のように評している[5]。
純日本情緒を漂わせ、ほのかなユーモアをまじえた作者の浮世絵タッチの構想は、みごとであった。わずか10分間ほどのものとはいえ、原画は1万5千枚を超えたはず。しかも、いまのアニメ製作のように便利な装置も技術もなく、たった一人の筆先だけでこなしたのだから、その労力たるや想像に絶する。現在でも「もし入手できるなら、百万円出してもいいね」という人もいるほど。いまなお百万円の値を呼んでいるのは、この『すヾみ舟』と、戦後製の『風立ちぬ』[注 5]ぐらいではなかろうか。
こうした経緯から、本作は鑑賞不可能な「幻の純国産ポルノ名画」として伝説的存在となっている。うしおそうじによれば、東宝に入社した1939年頃、先輩諸氏から『すヾみ舟』の素晴らしさをさんざん聞かされたというが、ついに見せてもらえなかったという[10]。ちなみにウォルト・ディズニーが終戦直後に警視庁の証拠品を見て本作を絶賛したという「伝説」もあるが、信憑性は低い(ウォルトは生涯を通して一度も来日したことはない)[11]。
いずれにせよ本作にまつわる言説は、伝聞や臆測に基づくものが大半であり、文献を通して作品を論じること自体、床屋政談の域を出ていない[1]。
ブルーフィルム業界を描いた漫画『オビ屋稼業』(作・東史郎/画・向後つぐお、松文館・1991年)には、主人公が芸術家肌の老画家にエロアニメを描かせようと『すヾみ舟』を観せるシーンが登場する。
映像の現存状況
再発見
本作は1932年に警察の摘発を受けた後、約70年にわたりフィルムの所在が不明となっていた。そのため「ロストフィルム」として長らく伝説的に語られてきたが、21世紀初頭に押収版とみられる本作の35mmフィルム原版が、東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)に寄贈され、ごく一部の関係者の間でのみ現存が確認された[12]。NFAJには2種類のフィルム缶(219.1mの完全版と211.2mの不完全版)が所蔵されているが、それ以外の情報は公開されておらず詳細は不明である[6]。
再発見の経緯について日本アニメ研究家のジョナサン・クレメンツは、フィルムセンターに寄贈された警察のアーカイブから発掘されたと著作に記している[12]。これは警視庁が長年押収・保管していた可燃性フィルム[注 6]を一括処分する過程で偶然発見されたものだった[12]。その後、2015年3月に公開された文化庁メディア芸術データベース(開発版)に本作の情報が登録され、初めて一般に現存が広く知られるようになった[6]。ただし、本作の「再発見」についてNFAJ側からの発表は現在まで行われていない。長期保存を目的とした不燃化・複製化・デジタル化が実施されたかどうかについても不明のままである。
「封印」の状況と現状の扱い
本作はフィルムが再発見されたにもかかわらず非公開[注 7]となっており、現在まで文化的に不幸な状態が続いている[14]。
2018年9月、京都府のおもちゃ映画ミュージアムが、木村白山の研究発表会「木村白山って、何者?」を開催するにあたり、フィルムセンターに「作品を借用して上映したい」と依頼した所「寄贈者との取り決めで公開できない」との回答があったという[14]。ミュージアム側のスタッフは「このまま死蔵されてしまうのは惜しいので、せめて研究者に公開できるよう寄贈者にお願いして欲しい」と同センターに要請している[14]。
参考文献
- 第一出版社『人間探求』1952年7月号 NCID AA11795593
- 毛利厄九「映画『すゞみ舟』鑑賞」
- 島崎五郎×本誌記者「対談/秘密映画を映つす男」
- 三木幹夫『ぶるうふいるむ物語―秘められた映画史70年』1975年/立風書店 全国書誌番号:75049853 doi:10.11501/12436979
- 三木幹夫『ブルーフィルム物語―秘められた映画75年史』1981年/世文社 ISBN 4881858041(同一著者による上書の改訂補訂版)
- 長谷川卓也『いとしのブルーフィルム』1998年/青弓社 ISBN 4787231537
- 山口且訓+渡辺泰『日本アニメーション映画史』1977年/有文社/プラネット編 NCID BN00862644
- ジョナサン・クレメンツ+ヘレン・マッカーシー『The Anime Encyclopedia, 3rd Revised Edition』2015年/Stone Bridge Press ISBN 1611720184
- 藤元直樹「『すずみ舟』はどのように語られて来たか」2018年/おもちゃ映画ミュージアム(研究会「木村白山って、何者?」での報告をもとに)