やまとひめ (擬人化)
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絵画以外での言及
内ヶ崎作三郎は自著の中で当時の同盟国である英国との関係を親密であるとし、日本人をやまとひめに、イギリス人をブリタニアに例えて、『大和姫とブリタニヤ姫とはその性質に於ても、その教養に於ても、その趣味に於ても、その気分に於ても一致するところが多いだらうと思はれる。』と述べている[4]。樋口勘次郎は日露戦争を『露国の横暴に對して銃口を開きたる大和姫は全世界の喝采の中に、連戦連勝せり。』と述べた[5]。 坂口昂は日本を大和姫と考えると東京は頭部であり、横浜と神戸は片腕であり、関西は胴体であるとし、関東大震災は大和姫の頭部を直撃したと表現した。[6] 團團珍聞では「お琉の国籍問題」と表し、幼い小娘として描かれたお琉(琉球) を年老いた大和姫が苛め、お琉の隣にはお支那さん(清)がいて、お琉は「やはりお支那さんがよいわ」と発言している。その様子を鷲印の伴天を着た男たち(アメリカ)が静かに睨んでいる風刺画が描かれた。これは当時の琉球問題を表している[7] [8]。
