アキル・ミッチェル
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ブローゼ・バンベルクでのミッチェル(2022年) | |
| 長崎ヴェルカ No.25 | |
|---|---|
| ポジション | PF/C |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1992年6月27日(33歳) |
| 出身地 | ノースカロライナ州シャーロット |
| 身長 | 206cm (6 ft 9 in) |
| 体重 | 106kg (234 lb) |
| キャリア情報 | |
| 高校 |
Charlotte Christian (ノースカロライナ州シャーロット) |
| 大学 | バージニア大学 (2010–2014) |
| NBAドラフト | 2014年 / ドラフト外 |
| プロ選手期間 | 2014–現在 |
| 経歴 | |
| 2014–2015 | |
| 2015–2016 | |
| 2016–2017 | |
| 2017–2018 | |
| 2018–2019 | |
| 2019–2020 | |
| 2020 | |
| 2020–2021 | |
| 2021 | |
| 2021–2022 | |
| 2022–2023 | |
| 2023 | |
| 2023–2024 | |
| 2024 | |
| 2024 | |
| 2024–2025 | |
| 2025 | |
| 2025-現在 | |
| 受賞歴 | |
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選手情報 B.LEAGUE.jp | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
アキル・アンソニー・ミッチェル (Akil Anthony Mitchell[1]、1992年6月26日 - )は、アメリカ合衆国のプロバスケットボール選手。ポジションはパワーフォワード/センター。 B.LEAGUE・長崎ヴェルカに所属している。 大学ではバージニア大学でプレーした。
個人成績(学生時代)

ノースカロライナ州シャーロットにあるシャーロット・クリスチャン・スクールから、ネイビーやジョージ・ワシントン大学からのオファーがあったもののバージニア大学に進学する[2]。
1年目の2010-11シーズンは目立った活躍はなかったが、主力選手のマイク・スコットが負傷したことで出場機会が増えた[3]。
2011–12シーズンの中盤には、スコットおよび同期のジョー・ハリスとともに先発メンバーに加わり、このトリオはチームを22勝10敗の成績と、5年ぶりとなるNCAAトーナメント出場に導いた。
3年次のシーズンには、平均13.1得点・8.9リバウンドを記録し、ACC(アトランティック・コースト・カンファレンス)のサードチームに選出された[4]。
4年次にはチームの戦力が増えたことで個人成績はやや減少したものの、チームは30勝7敗という近年で最高の成績を収め、ACCレギュラーシーズンとトーナメントの両方で優勝、2014年のNCAAトーナメントでは第1シードを獲得した。 ミッチェルはACCオールディフェンシブチームおよびACCトーナメントセカンドチームにも選出された[2]。
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010–11 | Virginia | 29 | 1 | 15.1 | .338 | .125 | .517 | 3.0 | .8 | .6 | .2 | 2.4 |
| 2011–12 | Virginia | 32 | 15 | 22.0 | .505 | .000 | .509 | 4.4 | .8 | .7 | .3 | 4.1 |
| 2012–13 | Virginia | 35 | 35 | 30.5 | .545 | .000 | .693 | 8.9 | 1.5 | 1.3 | .4 | 13.1 |
| 2013–14 | Virginia | 37 | 36 | 25.7 | .561 | .000 | .427 | 7.0 | 1.2 | .8 | .6 | 6.8 |
| Career | 133 | 87 | 23.8 | .519 | .090 | .570 | 6.0 | 1.1 | .8 | .4 | 6.9 | |
プロキャリア
2014 NBA draftで指名されなかった後、ヒューストン・ロケッツの一員として2014 NBA Summer Leagueに参加した。2014年9月26日、ロケッツと契約したが[5]、 同年10月23日にチームから解雇された[6]。 その後2014年11月2日には、NBA Gリーグに所属するリオグランデバレー・バイパーズに、ロケッツの提携選手として加入した[7]。 2014–15シーズンにはバイパーズで49試合に出場し、平均9.8得点、9.0リバウンド、1.6アシスト、1.0スティールを記録した[8]。
2015年7月、ブルックリン・ネッツの一員として2015 NBA Summer Leagueに参加した[9]。 同年8月13日、アンティーブ・シャークスと契約し2015–16 LNB Pro A seasonをプレーした[10]。アンティーブ・シャークスでは34試合に出場し、平均9.2得点、7.2リバウンド、1.6アシストを記録した[11]。
2016年7月、ニューヨーク・ニックスの一員として2016年のNBAサマーリーグに参加した[12]。同年8月30日、ニュージーランド・ブレイカーズと契約し、2016–17年のNBLシーズンを戦った[13][14]。2017年1月26日、ケアンズ・タイパンズ戦の第4クォーター序盤、リバウンド争いの際にNnanna Egwuと接触し顔を突かれたことで、左目の眼球が眼窩から飛び出す重傷を負った[15]。この事故後オークランド病院に搬送され、専門医の診断により眼に損傷はあるものの、当初懸念されていたほど深刻ではないとの見解が示された[16]。その日のうちに退院し、視力に異常がないことが報告された[17]。2017年2月7日、負傷した目のさらなる専門的な治療を受けるため、アメリカへ帰国した[18]。ブレイカーズでは25試合に出場し、平均9.5得点、7.2リバウンド、2.1アシストを記録した。 2017年2月24日、NBAデベロップメント・リーグのロングアイランド・ネッツに加入した[19]。ロングアイランドでは4試合に出場し、平均8.3得点、6.8リバウンド、2.8アシストを記録した[20]。
2017年9月24日、ブルックリン・ネッツと契約した[20]。同年10月11日、ネッツから解雇された[21]。
2018年8月4日、フランスのLNBプロAに所属するブーラザック・バスケット・ドルドーニュと契約した[22]。
2019年7月30日、イタリアのLegaバスケット・セリエA(LBA)に所属するパラカネストロ・トリエステと契約した[23]が、新型コロナウイルスのパンデミックの影響によりイタリアの2019–20シーズンは途中で打ち切られた。しかし、イスラエルの2019–20シーズンではリーグが再開され、シーズン終盤の2020年5月26日にハポエル・ギルボア・ガリルと契約した[24]。
2020年8月16日、イスラエルのマッカビ・リション・レジオンに加入[25]。1試合平均で15.6得点、8.8リバウンド(イスラエル・バスケットボール・プレミアリーグで3位)、2.8アシスト、1.6スティール(同9位)、フィールドゴール成功率は59.9%(同8位)を記録した[26]。
2021年7月14日、トルコ・スーパーリーグのカルシュヤカSKと契約した[27]。1試合平均で4.3得点、5.3リバウンド、2.0アシストを記録した[28]。
同年11月25日、バスケットボール・ブンデスリーガ(BBL)のブローゼ・バンベルクと契約した[28]。
2022年8月2日、ギリシャのクラブAEKアテネと契約した[29]。国内リーグ22試合に出場し、1試合平均12.6得点、8リバウンド、2.6アシスト、1試合約26分の出場時間だった。さらに、BCLでは、1試合平均14.5得点、8.5リバウンド、2.9アシストを記録し、チームは準々決勝まで進出した[30]。
2023年4月29日、プエルトリコのバロンセスト・スペリア・ナシオナル所属のグリセス・デ・ウマカオと契約した[30]。
2023年9月7日、中国プロバスケットボールリーグ(CBA)の寧波ロケッツと契約した[31]。2024年1月14日に契約が解除された[32]。
2024年3月11日、クリオージョス・デ・カグアス(バロンセスト・スペリオール・ナシオナル)と契約した[33]。
2024年7月5日、横浜ビー・コルセアーズとBリーグの契約を結んだ[34]。しかしその直後の9月1日、本人の申し出による契約解除が発表された[35]。
2024年9月19日、青島イーグルスとCBAの契約を結んだ[36]。11月5日、ジョーダン・ミッキーと交代で青島イーグルスを退団した[37][38]。
2024年11月10日、メラルコ・ボルツとPBAの契約を結び、2024–25 PBAコミッショナーズカップおよび2024–25イーストアジア・スーパーリーグでプレーした[39]。