アダム・ウォーレン (野球)

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生年月日 (1987-08-25) 1987年8月25日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
206 lb =約93.4 kg
アダム・ウォーレン
Adam Warren
ニューヨーク・ヤンキース時代
(2013年5月22日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アラバマ州バーミングハム
生年月日 (1987-08-25) 1987年8月25日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
206 lb =約93.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト4巡目
初出場 2012年6月29日
年俸 $2,000,000 (2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アダム・パリッシュ・ウォーレンAdam Parrish Warren, 1987年8月25日 - )は、アメリカ合衆国アラバマ州バーミングハム出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

マイナーリーグ時代のチームメイトが幼少期にロジャー・クレメンスに憧れて育ったウォーレンの経歴からロケットという愛称を付けられている[2]

プロ入り前

ニューバーン高等学校英語版卒業後、ノースカロライナ大学に進学。

2008年MLBドラフト36巡目(全体1101位)でクリーブランド・インディアンスから指名されるが、この時は契約しなかった。

プロ入りとヤンキース時代

2009年MLBドラフト4巡目(全体135位)でニューヨーク・ヤンキースから指名され、6月25日に契約を結んだ。契約後、傘下のA-級スタテンアイランド・ヤンキースでプロデビュー。12試合に先発登板して4勝2敗、防御率1.43、50奪三振を記録した。

2010年は、開幕をA+級タンパ・ヤンキースで迎え、その後、AA級トレントン・サンダーでプレー。8月17日には、1試合で15個の三振を奪う力投を見せた[3]

2011年はAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースでプレーし、27試合に先発登板して6勝8敗、防御率3.60、111奪三振を記録した。

2012年は開幕をAAA級スクラントン・ウィルクスバリで迎えた。6月28日にメジャー昇格を果たし[4]、29日のシカゴ・ホワイトソックス戦で先発起用されメジャーデビューを果たす。2.1回を投げ2本塁打を含む8安打を打たれ、6失点と結果を残せず降板し、翌日AAA級スクラントン・ウィルクスバリへ降格した[5]。9月1日に再昇格した[6]が、登板のないままシーズンを終えた。

2013年は開幕ロースター入りした[7]。5月9日のコロラド・ロッキーズ戦で1点リードの5回裏から登板し、1.2回を無失点に抑え、メジャー初勝利を挙げた[8]。この年は34試合に登板して3勝2敗セーブ、防御率3.39だった。

2014年は、69試合全てでリリーフ登板。前年を1.2イニング上回る78.2イニングを投げ、被本塁打を半減以下(10本から4本)に抑えた。防御率2.97・3勝6敗3セーブをマーク。防御率2.00台と奪三振率8.00台は、メジャー昇格後でいずれも自身初だった。

2015年は、開幕当初は先発として起用されたが、イバン・ノバの戦列復帰などで、6月からリリーフに再転向した。その後も、リリーフ主体で、谷間先発をこなすなど、スウィングマンとして起用され、防御率3.29・7勝を挙げるなど、安定したピッチングを見せた。

カブス時代

2015年12月8日にスターリン・カストロとのトレードで、後日発表選手と共にシカゴ・カブスへ移籍した[9]

2016年、カブスではリリーフの役割を与えられ、29試合に登板 (1試合のみ先発登板) したが、防御率5.91・35.0イニングで7本塁打を被弾するなど、打ち込まれた。

ヤンキース復帰

2016年7月25日にアロルディス・チャップマンとのトレードで、ビリー・マッキニーグレイバー・トーレスラシャド・クロフォードと共にヤンキースへ移籍した[10]。ヤンキース復帰後、リリーフで29試合に登板して4勝2敗、防御率3.26という成績を残して、復帰前よりは復調した。カブスとの合算成績は、58試合に投げて7勝4敗、防御率4.68という内容で、2年連続7勝だった。

2017年もリリーフに専念し、46試合に登板。2度の故障者リスト入りが影響し、登板数こそ前年から減ったが、防御率2.35・WHIP0.87と投球内容は過去最高を記録した。

マリナーズ時代

2018年7月30日に後日発表選手とのトレードで、シアトル・マリナーズへ移籍した[11]。オフの10月29日にFAとなった[12]

パドレス時代

2019年3月1日にサンディエゴ・パドレスと1年契約(2020年のオプション付き)を結んだ[13]。オフの10月31日にFAとなった[12]

ヤンキース傘下時代

2019年12月15日にプロ入り時の古巣であるヤンキースとマイナー契約を結んで2020年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになったと報じられ[14]、18日に正式公示された[12]

2020年7月17日に自由契約となった[15]が、オフの12月に再びマイナー契約を結んだ[16]。2021年シーズン限りで退団し、2022年シーズンは無所属であった。

2023年1月19日に現役引退を表明した[17]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 NYY 110000000.000172.1822001006623.144.29
2013 3420003211.60033177.080103022643029293.391.43
2014 69000036323.33332478.26342413764027262.891.11
2015 43170007713.500532131.11141039171047051483.291.17
2016 CHC 2910003206.60015235.03171940270024235.911.43
NYY 2900004206.66712530.12841021253013113.261.25
'16計 58000074012.63627765.159112961523037344.681.35
2017 46000032111.60022357.13541521545019152.350.87
2018 2400000102.00012830.026312013710992.701.27
SEA 2300003102.7509521.22238111520993.741.38
'18計 4700003204.60022351.24862012523018183.141.32
2019 SD 2500004103.80012428.22891201253018175.341.40
MLB:8年 323210003024657.5562053492.14355617113174282802051933.531.23

年度別守備成績



投手(P)












2012 NYY 10000----
2013 34412011.000
2014 692620.800
2015 4361411.952
2016 CHC 292410.857
NYY 2934011.000
'16計 585811.929
2017 46110001.000
2018 2425001.000
SEA 2302001.000
'18計 4727001.000
2019 SD 2544001.000
MLB 323246143.955

背番号

  • 61(2012年)
  • 43(2013年 - 2018年)
  • 17(2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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