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アマナキ・レレイ・マフィ

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アマナキ・レレイ・マフィAmanaki Lelei Mafi1990年1月11日 - )は、ラグビーユニオン選手。イングランドプレミアシップニューカッスル・レッドブルズに所属している。

生年月日 (1990-01-11) 1990年1月11日(36歳)
出身地 トンガの旗 トンガ ハムラ村
身長 1.89 m (6 ft 2+12 in)
体重 112 kg (17 st 9 lb)
概要 生年月日, 出身地 ...
アマナキ・レレイ・マフィ
生年月日 (1990-01-11) 1990年1月11日(36歳)
出身地 トンガの旗 トンガ ハムラ村
身長 1.89 m (6 ft 2+12 in)
体重 112 kg (17 st 9 lb)
大学 花園大学
愛称 NAKI、フィジカルモンスター
ラグビーユニオンでの経歴
ポジション ナンバーエイト
在籍チーム ニューカッスル・レッドブルズ
アマチュア経歴
チーム 出場 (得点)
2010-2014 花園大学 ()
シニア経歴
チーム 出場 (得点)
2014-2021 日本の旗 NTTコミュニケーションズ 53 (90)
2016 イングランドの旗 バース 7 (20)
2021-2025 日本の旗 横浜キヤノンイーグルス 53 (100)
2025- イングランドの旗 ニューカッスル・レッドブルズ ()
更新日:  2025年8月8日
スーパーラグビー
チーム 出場 (得点)
2017-2018 オーストラリアの旗レベルズ 31 (35)
2019 日本の旗サンウルブズ 3 (0)
更新日:  2019年5月25日
代表
チーム 出場 (得点)
2009  U20トンガ 2 (0)
2014-  日本 29 (45)
更新日:  2021年7月3日
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略歴

トンガのハムラ村出身で、16人兄弟の15人目として出生[1][2][3][4]マット・マフィは甥[5]

5歳でラグビーを始めると、日本への留学生を多数輩出する高校トンガ・カレッジへ進む[6]

トンガでの学生時代には、体重が90kgに満たなかった高校2年生までウィング(WTB)のポジションに就いていた。高校3年生からNo8に転向[3]。U18・U19・U20トンガ代表に選出された[3]

2009年、日本で開催されたU20世界ラグビー選手権にU20トンガ代表として参加した際に関係者の目に留まり、2010年に京都の花園大学からの勧誘を受け進学[2][6]

花園大学在籍時は関西学生ラグビーBリーグ(2部)でプレー[1]。同級生には、幼馴染であり、ラグビー日本代表であるアマナキ・ロトアヘアがいる。

2014年NTTコミュニケーションズシャイニングアークス(現・NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス東京ベイ浦安)へ加入した[7]。同年8月23日ジャパンラグビートップリーグ・ファーストステージ第1節の宗像サニックスブルース戦で、控え出場で公式戦デビューを果たした[8]

日本国内での居住・プレー歴が連続3年以上(後述)となった2014年から、日本代表に選ばれている[2]。2014年11月の日本代表ヨーロッパ遠征で初めてメンバーに選ばれ[2] 、同13日にブカレストで開かれたルーマニア戦で、日本代表のキャップを初めて獲得した[9]

帰国後、2014年12月7日のトップリーグセカンドステージ第2節・トヨタ自動車ヴェルブリッツ戦で左股関節を脱臼骨折[10]。全治1年6ヶ月の重症と診断された[6]

2015年8月29日、東京ガスラグビー部との練習試合で実戦に復帰[11]

2015年9月からのラグビーワールドカップ2015(イングランド大会)に、日本代表として出場した[12]南アフリカ共和国戦で後半の途中から出場。試合終了間際にマフィからのパスを受けたカーン・ヘスケストライを決めたことによって、チームは「ブライトンの奇跡」と呼ばれる逆転勝利を収めた[13][14][15]。そのほか大会では、スコットランドとの第2戦[16] および、アメリカとの最終戦[17] でそれぞれ1トライを記録した。(詳細は「ラグビーワールドカップ2015日本対南アフリカ」を参照)

ワールドカップ後に開幕したトップリーグ2015-2016では、7試合出場、5トライを記録し、2試合連続でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた[18]

2016年1月下旬から4月までの4ヶ月間限定で、NTTコムに所属したまま、イングランドプレミアシップバースに短期加入[19]。同年2月13日の対ウースター戦で、No8としてプレミアシップデビューを果たした[20]。移籍2戦目の対ワスプス戦(同月20日)では、フル出場でプレミアシップ初トライをあげた[21]

2017年から2018年シーズンまで、NTTコムに所属したまま、トップリーグのオフシーズンにスーパーラグビーレベルズ(オーストラリア)に所属。

レベルズ所属中の2018年7月に、ニュージーランドへの遠征中にチームメイトへの暴行容疑で現地の警察当局へ身柄を一時拘束された[22] が、後に釈放されたうえでNTTコムへ復帰。復帰後は、自宅謹慎などを経て、11月24日のトップリーグ・対サントリーサンゴリアス戦から試合への出場を再開した[23]

2019年シーズンの途中からは、日本のスーパーラグビーチームであるサンウルブズへ加入した[24]

2019年には、日本国内で開催されるラグビーワールドカップ2019の日本代表に選出[25]。開幕直前の9月7日に南アフリカ代表戦で右肩を痛めた[26] 影響で予選リーグ(プールA)・開幕戦(同月20日の対ロシア代表戦)の登録メンバーから外れた[27] ほか、スタメンに起用された第2戦(対アイルランド代表戦)で肋軟骨を痛めて途中交代を余儀なくされた[28] ため、プール戦は全4試合中2試合の出場にとどまった。決勝トーナメント準々決勝(南アフリカ戦)には控えで出場した。同月、京都市に縁のあるチームメイト(田中史朗北出卓也坂手淳史松田力也)と共に同市から「京都市スポーツ栄誉賞」を授与された[29]

2021年、トップリーグ開幕後の3月に、NTTコムからキヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)へ移籍した[30]

2025年5月、横浜キヤノンイーグルスを退団[31]

2025年8月8日、イングランドプレミアシップニューカッスル・ファルコンズニューカッスル・レッドブルズに改称)への加入を発表。契約期間は2025-26シーズンの1年間[32]

関連項目

脚注

外部リンク

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