アムピトリーテー
ギリシア神話に登場する海神ポセイドーンの妃
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概要
アムピトリーテーは、ネーレウスがオーケアノスの娘ドーリスとの間にもうけた50人の娘ネーレーイデスの1人で[8][9]、ポセイドーンとの間に、トリートーン[10][11]、ロデー[11]、ベンテシキューメーを生んだ[12]。子供のうち、トリートーンは上半身が人間、下半身が魚(またはイルカ、蛇)の姿をした海神である[2]。ロデーは太陽神ヘーリオスの妻となった。ベンテシキューメーはエウモルポスを育てたといわれる。
また、ロバート・グレーヴスはアムピトリーテーの三人の子供というのは、彼女自身の三面相を示すもので、トリートーンは幸運の新月、ロデーは刈入れのころの満月、ベンテシキューメーは危険な旧月を現しているとする説を述べている[13]。
神話
ホメーロスとヘーシオドス
アムピトリーテーは海の女性的化身である[14]。ホメーロスの『オデュッセイア』によると、青黒い瞳をしており、大波を起こすとされ[15]、海の巨大な怪魚や海獣を数知れず飼っているとされている[16]。しかしホメーロスにおいては十分な擬人化が進んでおらず、単に海を指すと思われる個所もある[17]。ヘーシオドスの『神統記』では、アムピトリーテーは同じネーレーイデスのキューモドケー、キューマトレーゲーとともに、荒れ狂う風を鎮めることができ[18]、またポセイドーンとの間にトリートーンを生んだと詠われている[10]。『ホメーロス風讃歌』の「アポローン讃歌」によると、レートーがデーロス島でアルテミスとアポローンを出産したとき、ディオーネー、レアー、テミスをはじめとする多くの女神たちとともに立ち会った[19]。
ポセイドーンとの結婚

前490~500年頃のキュリクス。陶工はエウプロニオス、画家はオネーシモス。ルーブル美術館所蔵。
後世の神話ではアムピトリーテーとポセイドーンの結婚の物語が語られている。それによればアムピトリーテーは姉妹たちとともにナクソス島で踊っているときにポセイドーンによってさらわれた[20]。
エラトステネースによると、アムピトリーテーははじめポセイドーンを嫌って海の西端のアトラースのもとに逃げ、彼女の姉妹たちによって匿われた。ポセイドーンがイルカにアムピトリーテーを探させると、1頭のイルカが大西洋の島にアムピトリーテーがいるのを発見し、説得してポセイドーンのところに連れて行った。その結果ポセイドーンはアムピトリーテーと結婚することができ、この功績によってイルカは天に配置され、いるか座となった[21]。
オッピアーノスもエラトステネースとほぼ同じ神話を述べている。それによるとアムピトリーテーが隠れたのはオーケアノスの宮殿であった。そしてポセイドーンはイルカから隠れ場所を教わると、すぐさま拒絶するアムピトリーテーを奪い、結婚したという[22]。
ポセイドーンはもともと大地の神だったが[23]、アムピトリーテーとの結婚によって海も司るようになったともいわれる[24]。アムピトリーテーは、気のおけない妻で、夫の度々の不実を辛抱強く我慢した[3]。
テーセウス神話
アムピトリーテーはテーセウス神話にも登場する。アテーナイの英雄テーセウスがミーノータウロスの生贄としてクレーテー島に連れてこられたとき、ミーノース王は彼がポセイドーンの子であることを信じなかった。ミーノースは自分の指輪をはずして海に投げ入れ、本当にポセイドーンの子ならば指輪を取ってくることができるだろう、と言った。そこでテーセウスが海に潜ると、イルカが彼をポセイドーンの王宮に運んだ。やって来たテーセウスに、アムピトリーテーはミーノースの指輪と、真紅の外套、花冠を授けた[25][注釈 1]。
ギャラリー

- パリス・ボルドーネ『ネプチューンとアンフィトリテ』(1560年頃)個人蔵
- ハンス・ロッテンハンマー『ネプチューンとアンフィトリテ』(1600年頃)エルミタージュ美術館所蔵
- セバスティアーノ・リッチ『ネプチューンとアンフィトリテ』(1691年-1694年頃)ティッセン=ボルネミッサ美術館所蔵
