Wikiwand AI

アル・アルバカーキ

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1986-06-10) 1986年6月10日(39歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
アル・アルバカーキ
Al Alburquerque
ロングアイランド・ダックス
デトロイト・タイガース時代
(2011年8月12日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス
生年月日 (1986-06-10) 1986年6月10日(39歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 アマチュア・フリーエージェントとしてシカゴ・カブスと契約
初出場 2011年4月15日 オークランド・アスレチックス戦
年俸 $1,100,000(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アルベルト・ホセ・アルバカーキ(Alberto Jose Alburquerque, 1986年6月10日 - )は、ドミニカ共和国・サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北米独立リーグ・アトランティックリーグのロングアイランド・ダックス所属。

プロ入りとカブス傘下時代

2003年にシカゴ・カブスと契約。

2004年に傘下ルーキー級ドミニカン・サマーリーグ(DSL)のDSLカブス(英語版)でプロデビュー。13試合(うち先発6試合)に登板して、4勝1敗1セーブ、防御率1.57の成績を残した[2]。

2005年はトミー・ジョン手術のリハビリのため試合には出場せず、2006年に傘下ルーキー級アリゾナリーグ(AZL)のAZLカブス(英語版)で復帰。

マイナー時代は相次ぐ故障に悩まされ、2007年は肘と肩の痛みで2度故障者リストに入り、2008年4月には肩の手術を受けている[3]。

ロッキーズ傘下時代

2009年7月2日にジェフ・ベイカーとのトレードで、コロラド・ロッキーズへ移籍[4]。

2010年はAA級タルサ・ドリラーズで防御率4.98に終わり、シーズンオフにFAとなった[5]。

タイガース時代

ロッキーズ退団後は数球団が獲得に興味を示したが、11月19日に40人枠に入れるメジャー契約を提示したデトロイト・タイガースへ移籍した[3]。

2011年6月22日

2011年はAAA級トレド・マッドヘンズでスタートしたが、4月15日のオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビュー。リリーフの一員として好投を続けていたが、8月12日の試合前の打撃練習で、ボルチモア・オリオールズのロバート・アンディーノが放った打球を頭部に受け、病院に搬送された。翌日には退院したが、脳震盪による故障者リストに入った[6]。9月4日に故障者リストから復帰した[5]。ルーキーイヤーながら、防御率1.87という好成績を残した[5]。しかし、12月16日に右肘の手術を受けることが決まり、復帰は翌年のオールスター以降になると見られた[7]。

2012年7月後半からマイナーでのリハビリ登板を開始し、9月4日に戦列に復帰した[5]。

2014年1月17日にタイガースと83万7500ドルの1年契約に合意した[8][9]。この年は、リリーフ陣の一角に定着し、ア・リーグ10位タイとなる72試合に登板した。スライダーへの依存度を強めたことと、三振を奪うのに拘り過ぎなくなった事で投球内容が安定し[10]、防御率2.51という好成績を記録した[5]。

2015年は、3年連続50試合以上となる67試合に登板し、4勝(1敗)を挙げたものの防御率は4.21と悪化した[5]。12月2日にノンテンダーFAとなった[11]。

エンゼルス時代

2016年1月19日にロサンゼルス・エンゼルスと1年110万ドルで契約を結んだ[12]。開幕は傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズで迎えた。5月21日にDFAとなり、24日に40人枠を外れる形でAAA級ソルトレイクへ配属された。その後、6月13日にメジャー契約を結んで昇格した。8月8日に再び40人枠外となり、13日に自由契約となった[5]。

マリナーズ傘下時代

2016年8月23日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級タコマ・レイニアーズへ配属されたがメジャー昇格はなく、11月7日にFAとなった[5]。

ロイヤルズ時代

2017年6月24日

2017年1月7日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[13]。開幕は傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズで迎え、5月10日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[14]が、21日にDFAとなり、23日にAAA級オマハへ配属された。7月3日に再びメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした。7月24日に再びDFA[15]、29日に自由契約となった[5]。

ホワイトソックス時代

2017年8月4日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結び、傘下のAAA級シャーロット・ナイツへ配属された[5]。9月8日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[16]。12月1日にノンテンダーFAとなった[5][17]。

ブルージェイズ傘下時代

2018年1月25日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ[5]。AAA級バッファロー・バイソンズで25試合に登板、1勝1敗4セーブ、防御率3.77の成績を残していたが[2]、7月2日に自由契約となった[5]。

メキシカンリーグ時代

2019年4月12日にメキシカンリーグのモンクローバ・スティーラーズと契約した[5]。モンクローバでは52試合に登板して、1勝1敗4セーブ、防御率3.27という成績を残した[2]。

2021年は24試合に登板し、0勝1敗1セーブ、防御率2.78という成績を残していたが[2]、8月26日に退団した[18]。

独立リーグ時代

2023年2月16日にアトランティックリーグのロングアイランド・ダックスと契約した[19]。

投球スタイル

球種は常時90mph台中盤から後半を計測するフォーシーム、シンカー、スライダーの3つ。非常に高い奪三振率を誇るが、与四球率も高い[20]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2011 DET 4100006106.85718243.121029426740991.871.15
2012 800000001----5313.1608001801110.681.05
2013 53000043010.57122049.03953452709125254.591.49
2014 72000031117.75023657.14672113632216162.511.17
2015 6700004107.80027149.06343331585429294.211.55
2016 LAA 200000000----122.021200100314.502.00
2017 KC 1100000101.0004210.070600900443.601.30
CWS 1000000102.000298.030200500111.130.63
'17計 2100000203.0007118.01008001400552.501.00
MLB:7年 2640000178144.6801045245.01871713513829120888863.161.31
  • 2022年度シーズン終了時

年度別守備成績

年
度
球
団
投手(P)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2011 DET 4133001.000
2012 802001.000
2013 534210.857
2014 7245011.000
2015 6759021.000
2016 LAA 20000----
2017 KC 1123001.000
CWS 1004001.000
'17計 2127001.000
MLB 264182813.979
  • 2022年度シーズン終了時

背番号

  • 62(2011年 - 2017年7月23日)
  • 58(2017年9月8日 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks