アントニオ・デマルコ
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2009年2月7日、アルマズベック・ライムクロフ(ウズベキスタン)とNABO北米ライト級王座決定戦を行い、9回終了時にライムクロフの棄権によるTKO勝ちを収め王座を獲得した。
2009年10月31日、WBC世界ライト級2位で元WBA世界同級王者のホセ・アルファロ(ニカラグア)とWBC世界同級暫定王座決定戦を行い、10回TKO勝ちを収め王座獲得に成功した[1]。
2010年2月6日、メキシコ・モンテレイのモンテレーアリーナでWBC世界ライト級正規王者のエドウィン・バレロ(ベネズエラ)と団体内王座統一戦を行うも、9回終了時にデマルコが棄権しTKO負けを喫し王座統一に失敗、デマルコが3ヶ月間保持した暫定王座はバレロの正規王座に吸収される形で消滅した[2]。しかしバレロは2か月後の4月19日に自殺したため、生涯最後の対戦相手となった[3]。
2011年2月26日、WBC世界ライト級シルバー王者でWBC世界同級2位のレイジェス・サンチェス(メキシコ)とWBCシルバー同級タイトルマッチを行い、12回3-0の判定勝ちを収めシルバー王座とWBC世界ライト級王座挑戦権を獲得した[4]。
2011年10月15日、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスのステイプルズ・センターで世界2階級制覇王者でWBC世界ライト級2位のホルヘ・リナレス(帝拳)とWBC世界同級王座決定戦を行い、リナレスの鼻筋と右瞼がカットし流血。11回、鮮血に染まったリナレスの顔面に連打を浴びせレフェリーストップ。TKO勝ちで正規での王座返り咲きを果たした[5]。
2012年3月17日、地元ロスモチスでWBC世界ライト級15位のミゲル・ローマン(メキシコ)とWBC世界同級タイトルマッチを行い、5回KO勝ちで初防衛に成功した[6]。
2012年9月8日、アメリカ・カリフォルニア州オークランドのオラクル・アリーナでWBC世界ライト級15位のジョン・モリーナ・ジュニア(アメリカ)とWBC世界同級タイトルマッチを行い、同級世界戦としては最短KO決着となる初回44秒TKO勝ちで2度目の防衛に成功した。左ストレートが当たった途端モリーナは腰砕けになって一気に後退。最後はロープ際で滅多打ちにしてダウン寸前になった所をレフェリーが救出する一幕もあった。
2012年11月17日、アメリカ・ニュージャージー州アトランティックシティのボードウォーク・ホールで元WBO世界スーパーフェザー級王者およびWBC世界ライト級4位のエイドリアン・ブローナー(アメリカ)とWBC世界同級タイトルマッチを行うも、8回に左アッパーで初ダウンを奪われるとそのままセコンドが棄権を申請し8回1分49秒TKO負けで3度目の防衛に失敗し、王座から陥落した[7]。
2014年11月22日、マカオにあるザ・ベネチアン・マカオ内コタイ・アリーナでマニー・パッキャオ対クリス・アルギエリの前座でWBA世界スーパーライト級王者ジェシー・バルガスとWBA世界同級タイトルマッチを行うも、12回0-3(3者とも112-116)の判定負けを喫し2階級制覇達成とはならなかった[8]。
2015年6月21日、アメリカ・ネバダ州ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナでランセス・バルテレミーとライト級10回戦を行い、4回にダウンを奪われ9回にバルテレミーがローブローで減点されるも、10回0-3の判定負けを喫し、引退を表明した[9][10][11]。
2015年9月26日、引退を撤回してオマール・フィゲロアと対戦が決まっていたが、フィゲロアが練習中に肘を負傷して試合中止となった[12]。
2015年12月12日、テキサス州サンアントニオのAT&Tセンターでオマール・フィゲロアとスーパーウェルター級12回戦を行うも、12回0-3の判定負けを喫した。