アントン・シュニン

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本名 アントン・ウラジーミロヴィッチ・シュニン
Anton Vladimirovich Shunin
ラテン文字 Anton SHUNIN
ロシア語 Антон Владимирович Шунин
国籍 ロシアの旗 ロシア
アントン・シュニン
FCディナモ・モスクワでのシュニン
2018年
名前
本名 アントン・ウラジーミロヴィッチ・シュニン
Anton Vladimirovich Shunin
ラテン文字 Anton SHUNIN
ロシア語 Антон Владимирович Шунин
基本情報
国籍 ロシアの旗 ロシア
生年月日 (1987-01-27) 1987年1月27日(38歳)
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦モスクワ
身長 191cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム ロシアの旗 FCディナモ・モスクワ
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004- ロシアの旗 ディナモ・モスクワ 274 (0)
代表歴2
2007- ロシアの旗 ロシア 12 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年5月1日現在。
2. 2021年6月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アントン・ウラジーミロヴィッチ・シュニン: Антон Владимирович Шунин: Anton SHUNIN1987年1月27日 - )は、ロシアモスクワ出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。現在はFCディナモ・モスクワ所属。

クラブ

ディナモでのシュニン

1987年、現ロシアの首都モスクワで生まれた。スポーツに熱心な両親の下でバスケットボールやアイスホッケーなどを経験して、FCディナモ・モスクワの入団テストを受けたが、サッカーに適さないとして落とされる。しかし、一週間後に最初のコーチとなるウラジーミル・コズロフから連絡を受け再テストをした。

ディフェンダーのポジションに就くも合格はしなかったが、ゴールキーパーへ変更するように申し込んで下部組織に滑り込み、1994年から2004年までユースで過ごした。ディナモには過去にレフ・ヤシンが所属していたが、若手GK育成には積極的ではなかったために、ユース時代にはPFC CSKAモスクワFCロコモティフ・モスクワFCモスクワ等のクラブを訪問して研究していた時期がある。

2007年4月21日のFCヒムキ戦でリーグ戦デビューを飾った。当時正GKだったジドゥルナス・カルチェマルスカスからポジションを奪い、レギュラーとして活躍した。しかし、2008年5月にウラジーミル・ガブロフが加入するとベンチに甘んじるようになる。2011-12シーズンからは正GKに復帰し、前半戦は全試合フルタイム出場した。その間チームはロシア・ナショナル・フットボールリーグ(実質2部)に降格する苦しいシーズンもあったが、以降はディナモの守護神として活躍している。

代表

2007年8月27日、ポーランド戦でA代表デビューを飾った。それ以降、クラブでの不振により代表からは疎遠となるもの、2010年11月17日、ベルギー代表との試合で約3年ぶりに代表に招集された[1]。2011年にはクラブでコンスタントに出場した事とイゴール・アキンフェエフが長期負傷離脱したため、2011年11月17日に行われる親善試合のギリシャ戦に招集され4年ぶりに出場を果たした。UEFA EURO 2012では、アキンフェエフ、ヴィアチェスラフ・マラフェエフに次ぐ第3GKとしてエントリーメンバーに選出されたが、2014 FIFAワールドカップUEFA EURO 20162018 FIFAワールドカップはエントリーメンバーから落選した。

アキンフェエフ、ガブロフの代表引退に伴い、2018 FIFAワールドカップ後の2018年9月に6年ぶりに招集された。さらなる転機となったのは、正GKとして目されていたアンドレイ・ルニョフギリェルメが度重なるミスで信頼を落とし、スタニスラフ・チェルチェソフ監督は、アキンフェエフと同年代で当時33歳のシュニンに正GKの座を託した。2021年開催のUEFA EURO 2020のエントリーメンバーに選出された。

個人成績

クラブ ディヴィジョン シーズン リーグ カップ 欧州カップ戦 Total
試合得点試合得点試合得点試合得点
ディナモ・モスクワ プレミア 2007 23020250
2008 9090
2009 8080
2010 900090
2011-12 30030330
Total7905000840
通算7905000840

脚注

参考文献

外部リンク

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