フョードル・スモロフ
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Fyodor Mikhailovich Smolov
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FCロコモティフ・モスクワでのスモロフ (2018年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
フョードル・ミハーイロヴィチ・スモーロフ Fyodor Mikhailovich Smolov | |||||
| 愛称 | スモール | |||||
| ラテン文字 | Fyodor SMOLOV | |||||
| ロシア語 | Смолов, Фёдор Михайлович | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1990年2月9日(36歳) | |||||
| 出身地 | サラトフ | |||||
| 身長 | 187cm | |||||
| 体重 | 80kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
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| 2005-2006 |
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| 2006-2007 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2008 |
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| 2007-2015 |
| 68 | (3) | |||
| 2010 |
→ | 11 | (1) | |||
| 2012-2013 |
→ | 15 | (0) | |||
| 2014 |
→ | 11 | (2) | |||
| 2014-2015 |
→ | 22 | (8) | |||
| 2015-2018 |
| 75 | (53) | |||
| 2018-2022 |
| 36 | (9) | |||
| 2020 |
→ | 14 | (2) | |||
| 2022-2024 |
| 60 | (23) | |||
| 2024-2025 |
| 16 | (1) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2008-2011 |
| 27 | (14) | |||
| 2012-2021 |
| 45 | (16) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2020年7月7日現在。 2. 2019年6月8日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
フョードル・ミハーイロヴィチ・スモロフ(Фёдор Михайлович Смолов, 1990年2月9日 - )は、ロシア・サラトフ出身の同国代表の元サッカー選手。現役時代のポジションはFW。
クラブ
2006年からサトゥルン・ラメンスコーエのユースチームに所属し、2007年にFCディナモ・モスクワに移籍し、FCルチ・エネルギア・ウラジオストク戦でデビューを果たした。2010年7月にフェイエノールトに1年間のレンタル移籍し、8月8日、FCユトレヒト戦でエールディヴィジデビューを果たした。以降もコンスタントに出場機会が与えられたが、わずか1得点しか挙げられず、予定より半年早くディナモ・モスクワに復帰したが、ディナモではレギュラーを確保出来なかった。2012年7月10日、FCアンジ・マハチカラへ2012-13シーズン終わりまでの契約でレンタル移籍をした[1]。2014年1月29日、再びアンジ・マハチカラへの期限付き移籍が発表された[2]。2014-15シーズンはFCウラル・スヴェルドロフスク・オブラストにレンタルで加入することが決定した[3]。
2015年6月2日、FCクラスノダールに4年契約で移籍。2016年4月10日の古巣エカテリンブルク戦では4ゴールを決め6-0の勝利に貢献した。2015-16シーズンのロシアサッカー・プレミアリーグでは20得点を決め、得点王を獲得。ロシア人の得点王獲得は、2007年シーズンのロマン・パヴリュチェンコ、ロマン・アダモフ以来8シーズンぶりとなった。2016-17シーズンも18ゴールを挙げる活躍をみせ、2シーズン連続で得点王に輝いた。2017-18シーズンは序盤に怪我で出遅れた影響で3年連続得点王を逃すも、最終的に14ゴールを記録した。
2018年8月9日、FCロコモティフ・モスクワに2022年までの4年契約で移籍。移籍金は900万ユーロ(約11億6000万円)[4]。
2020年1月30日、2019-20シーズン終了までセルタ・デ・ビーゴにレンタル移籍した[5]。
代表
U-21ロシア代表では中心選手としてプレー。
2012年11月にロシアA代表に初招集され、11月14日のアメリカとの親善試合で代表デビュー。代表初得点となる先制点を挙げた。
自国開催となったFIFAコンフェデレーションズカップ2017のニュージーランド戦では追加点となる得点を挙げ2-0の勝利に貢献したが、続くポルトガル、メキシコ戦では敗北を喫し、グループリーグ敗退。敗退が決まった瞬間人一倍涙した[6]。
自国開催となった2018 FIFAワールドカップではアラン・ジャゴエフに代わり背番号10を背負い全試合に出場。得点こそなかったものの、チームのベスト8進出に貢献した。
人物
- 離婚歴があり、元夫人は2003年ミス・ロシアのモデルで司会者のヴィクトリア・ロピレワ。彼女とは2012年に出会い、半年後にプロポーズして2013年12月にモルディブで式を挙げたものの、2年後に離婚。2015年10月にモデルのミランダ・シェリアとの交際が発覚し、同年秋からは2015年ミス・ロシアのモデルで女優のソフィア・ニキチュクと交際していた[7]が、これも破局に終わっている。
- 英語に堪能で、マリオ・プーゾの「ゴッドファーザー」を愛読している[7]。
- セルタ・デ・ビーゴにローン移籍で在籍していた2020年4月、新型コロナウイルスの世界的拡大により、各プロスポーツが中心や延期に追い込まれた中、ラ・リーガも無期限のリーグ戦中断となっていた。そこでセルタのチーム関係者は、外国籍選手に自主的な一時帰国を促していたものの、ウイルス拡大が世界からに著しかったスペイン政府は、他国への渡航禁止令を発令していた。ロシアへの帰国が困難に陥る中、スモロフはセルタのチーム関係者の許可を得ずにプライベートジェット機を借りて【強行帰国】を敢行。理由は18歳のガールフレンドに逢うためだという[8][9]。結局、リーグ再会前にスペインに戻った際に罰金処分を下された。因みにセルタでは、もう一つスモロフと同様にクラブに無断で【強行帰国】したケースがある。
所属クラブ
FCディナモ-2・モスクワ 2007-2008
FCディナモ・モスクワ 2007-2015
- →
フェイエノールト 2010 (loan) - →
FCアンジ・マハチカラ 2012-2013 (loan) - →
FCアンジ・マハチカラ 2014 (loan) - →
FCウラル・スヴェルドロフスク・オブラスト 2014-2015 (loan)
FCクラスノダール 2015-2018
FCロコモティフ・モスクワ 2018-
- →
セルタ・デ・ビーゴ 2020