トムソンは、カナダ中部のサスカチュワン州出身で、8歳のときにアメリカのカリフォルニア州南部へ、母親のために暖かい場所を求めて家族で移住した。
その後、トムソンはアメリカでもトップクラスの110mハードルの選手として成長。彼の家族にはアメリカの市民権がなかったため、カナダ代表として1920年アントワープオリンピックに出場を申し込み、喜んでカナダチームの一員となる。
アントワープオリンピックの110mハードルに出場したトムソンは、14.8秒の世界新記録でハロルド・バロンやフレデリック・マレーといったアメリカのライバルたちを寄せ付けず、金メダルを獲得した。翌1921年にはAAU(全米体育協会)、IC4A、全米学生選手権の3大会を制覇。しかし、1922年のAAU大会で3位となり、競技から引退した。
後にトムソンはメリーランド州アナポリスにある海軍兵学校の陸上のコーチに就任。36年間勤め上げた。