イェンス・ヴィッシング
ドイツのサッカー選手・監督
From Wikipedia, the free encyclopedia
イェンス・ヴィッシング(Jens Wissing, 1988年1月2日 - )は、ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州グローナウ出身の元サッカー選手・サッカー指導者。現在はアル・イテハドの監督を務めている。
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| ドイツ語 | Jens Wissing | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 生年月日 | 1988年1月2日(38歳) | |||||
| 出身地 |
| |||||
| 身長 | 186 cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| ユース | ||||||
| 1993-2001 |
| |||||
| 2001-2004 |
| |||||
| 2004-2007 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2010 |
| 85 | (2) | |||
| 2010-2011 |
| 3 | (0) | |||
| 2010-2011 |
→ | 9 | (0) | |||
| 2011-2013 |
| 11 | (0) | |||
| 2013-2014 |
| 0 | (0) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2014-2019 |
| |||||
| 2026 |
| |||||
| 2026- |
| |||||
|
1. 国内リーグ戦に限る。2026年7月6日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
来歴
選手として
地元・SGグローナウのアカデミーでキャリアをスタートさせ、2001年にシャルケ04のU-15チームに加入。2004年にプロイセン・ミュンスターのユースに加入し、2007/08シーズンにロガー・シュミット率いるトップチームに昇格。2008年のレギオナルリーガ・ヴェスト昇格や、2008年からのヴェストファーレンポカール3連覇に貢献し、DFBポカールには2008年のVfLボーフム戦、2009年のヘルタ・ベルリン戦に出場した。[要出典]
2010年2月18日、ボルシア・メンヒェングラートバッハ(ボルシアMG)への移籍を発表[1]。同年10月17日のホッフェンハイム戦でブンデスリーガデビュー。しかし、ボルシアMGではリーグ戦3試合・リザーブチームでのレギオナル・リーガ9試合、DFBポカール1試合の出場に留まり、翌年SCパーダーボルン07に移籍[2]。
2013年、3. リーガのMSVデュースブルクに移籍するが、足首の負傷の影響で現役続行を断念し、2014年1月に引退を表明した[3]。
指導者として
2014年7月、ヴェストファーレンリーガに所属する1.FCギーヴェンベックの監督に就任[4]。2019年、古巣ボルシアMGのリザーブチームでアシスタントコーチを務める[5]。
2021年、恩師・ロガー・シュミットが率いるPSVアイントホーフェンの下でアシスタントコーチを務め、2022/23シーズンにシュミットと共にSLベンフィカに移籍。2023年3月、シュミットの退場処分に伴うベンチ入り停止時に暫定的に指揮を執った[6]。
2025年6月、FIFAクラブワールドカップ2025に出場するレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチとして加入。コーチのオヌール・チネルがサークル・ブルッヘの監督に就任することに伴う後釜としての加入であった[7]。
2025年12月12日、2026シーズンより日本のJ1リーグ・ガンバ大阪の監督に就任することが発表された[8]。J1百年構想リーグではWEST5位、プレーオフラウンドでEAST5位の東京Vにホーム引分の後アウェーの2戦目で勝利し最終的に9位となったものの、AFCチャンピオンズリーグ2 2025/26ではクラブ初優勝に導いていた。しかしガンバ大阪が7月6日、海外クラブとの契約に向けた手続きのためチームを離脱し、ハリー・プファル コーチ、ティモ・ローゼンベルグ フィジカルコーチの両名ともどもチームのオーストリアキャンプに帯同していないことを公表した[9]。2026年7月10日にJ1百年構想リーグをもってガンバ大阪の監督を退任することが正式に発表された[10]。同日、サウジ・プロリーグに所属するアル・イテハドの監督に就任することがクラブの公式Xで発表された[11]。
タイトル
選手時代
クラブ
- SCプロイセン・ミュンスター
- ヴェストファーレンポカール:2回(2008年、2009年)
指導者時代
- ガンバ大阪