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ウッカーマルク郡

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紋章 地図
(郡の位置)
基本情報
連邦州:ブランデンブルク州
郡庁所在地:プレンツラウ(ドイツ語版)
緯度経度:北緯53度12分36秒 東経13度51分36秒 / 北緯53.2100度 東経13.8600度 / 53.2100; 13.8600
面積:3076.9km²
人口:

117,432人(2024年12月31日現在) [1]

人口密度:38 人/km²
ナンバープレート:UM, ANG, PZ, SDT, TP
自治体コード:12 0 73
郡の構成:30 市町村
郡庁舎の住所:Karl-Marx-Straße 1
17291 Prenzlau
公式ウェブサイト:landkreis.uckermark.de
郡長:ディートマール・シュルツェ (Dietmar Schulze, SPD)
州内の位置
ボイツェンブルク城(ドイツ語版)は郡内で最も有名な名所の一つである

ウッカーマルク郡 (ドイツ語: Landkreis Uckermark) は、ドイツ、ブランデンブルク州北東部の郡である。当郡は面積3058 km²で、1993年12月から2011年9月までドイツ最大の郡であった。

自然保護区域

ウッカーマルク郡は、ブランデンブルク州の北東の端に位置し、ポーランドとの国境に接している。郡の領域はウッカーマルク(ドイツ語版)地方の大部分を占める。同地方にはウッカーマルク湖沼群(ドイツ語版)があり、多くの湖がある。景観としてのウッカーマルクの北方の一部は、メクレンブルク=フォアポンメルン州に属している(メクレンブルギッシェ=ゼーエンプラッテ郡、フォアポンメルン=グライフスヴァルト郡)。アムト・ガルツ (オーダー)(ドイツ語版)と同じく、以前のフォアポンメルン(ドイツ語版)の領域が、再びブランデンブルク州ウッカーマルク郡となった。南西部では森林地帯ショルフハイデ(ドイツ語版)にかかっている。

隣接する郡は、北部ではメクレンブルク=フォアポンメルン州のメクレンブルギッシェ=ゼーエンプラッテ郡とフォアポンメルン=グライフスヴァルト郡、南部ではバルニム郡、西部ではオーバーハーフェル郡である。東部のオーダー川は、ポーランドとの長い国境線となっている。ポーランドにはポリツェ郡(ドイツ語版)(ドイツ語名:ペーリッツ)、グリフィノ郡(ドイツ語版)(ドイツ語名:グライフェンハーゲン)がある。

ウッカーマルク郡には、自然保護区域(ドイツ語版)が57ある。最大のものはメルツォウアー・フォルスト(ドイツ語版)(「メルツォウ林」)で、面積は2,830.66 ha、最小はアイスケラーベルゲ=オース・バイ・マルヒョウ(ドイツ語版)(「マルヒョウ(ドイツ語版)近郊にある氷室の山々、エスカー」)で、面積は5.16 haである。

歴史

ウッカーマルクは歴史的景観(ドイツ語版)であり、1945年まで数百年にわたりプロイセンのブランデンブルク州(ドイツ語版)(Provinz, プロヴィンツ)に属し、複数の郡が置かれていた。第二次世界大戦後はソ連占領地域となり、オーダー=ナイセ線の西側の残余部分でブランデンブルク州(Land, ラント)が新設された。

1949年にドイツ民主共和国(東ドイツ)が建国されると、1952年には州制度が廃止された。ウッカーマルク地方には、ノイブランデンブルク県に属するプレンツラウ郡(ドイツ語版)、シュトラースブルク郡(ドイツ語版)、テンプリーン郡(ドイツ語版)、フランクフルト(オーダー)県(ドイツ語版)に属するアンガーミュンデ郡(ドイツ語版)が置かれた。シュヴェート/オーダー(ドイツ語版)は、フランクフルト(オーダー)県の郡独立市となった。

1990年に州が再設置されると、ウッカーマルク地方は、メクレンブルク=フォアポンメルン州に残留したシュトラースブルク (ウッカーマルク)(ドイツ語版)を除いて、ブランデンブルク州に属することになった。プレンツラウ郡とテンプリーン郡では住民アンケート調査が行われ、圧倒的多数でブランデンブルク州への帰属が支持された。都市ブリュッソウ(ドイツ語版)、フォアポンメルン(ドイツ語版)のパーゼヴァルク郡(ドイツ語版)とシュトラースブルク郡(ドイツ語版)の15の町村では住民投票が行われ、ブランデンブルク州への帰属が決定した。

1993年ブランデンブルク州郡改革(ドイツ語版)の一環として12月6日にウッカーマルク郡が編成され、郡庁はプレンツラウ(ドイツ語版)に定められた。領域は旧アンガーミュンデ郡(ドイツ語版)、プレンツラウ郡(ドイツ語版)、テンプリーン郡(ドイツ語版)、以前は郡独立市であったシュヴェート/オーダーからなっている。現在のウッカーマルク北東部は、歴史的景観としてのウッカーマルクには属さず、1945年以前はプロイセンのポンメルン州(ドイツ語版)の一部であった。

人口動態

以下の表は、ウッカーマルク郡の人口動態を示している(1990年は10月3日付、1991年からは12月31日付け)。数値は統計時の郡域によるものである(当郡成立以前の1990年から1992年の数値は、1993年12月6日の領域に合わせた数値)。

年 人口
1990170,409
1991165,542
1992165,115
1993163,719
1994162,022
年 人口
1995160,310
1996159,029
1997157,663
1998155,723
1999154,086
年 人口
2000151,740
2001148,606
2002145,715
2003143,411
2004141,454
年 人口
2005139,326
2006137,378
2007134,958
2008132,837
2009131,115
年 人口
2010129,738
2011123,731
2012122,484
2013121,326
2014120,829

ベルリン=ブランデンブルク統計局は、最新の人口予測(2011年-2030年)で、2030年の人口を10万5,000人以下と予測している。 出典:ベルリン=ブランデンブルク統計局(ドイツ語版)、ブランデンブルク州建設交通局、ベルテルスマン財団(ドイツ語版)による詳細なデータはWikimedia CommonsのPopulation Projection Brandenburg にある。

市町村

シュヴェート/オーダーの劇場、郡内最大の都市。
テンプリーンのミューレン門、郡内第3の都市。
アンガーミュンデのマルクト広場、郡内第4の都市。

2003年の自治体構造改革の決定により、郡内には30の自治体があり、その内都市は7つある。

カッコ内は2024年12月31日[1]における人口である。

都市
(¹アムト所属市)

  1. アンガーミュンデ(14,233人)
  2. ブリュッソウ(ドイツ語版)¹(1,842人)
  3. ガルツ (オーダー)(ドイツ語版)¹(2,328人)
  4. リューヒェン(ドイツ語版)(3,139人)
  5. プレンツラウ(ドイツ語版)(18,928人)
  6. シュヴェート/オーダー(ドイツ語版)(33,730人)
  7. テンプリーン(ドイツ語版)(15,590人)

アムト非所属自治体

  1. ボイツェンブルガー・ラント(ドイツ語版)(2,944人)
  2. ノルトヴェストウッカーマルク(ドイツ語版)(4,097人)
  3. ウッカーラント(ドイツ語版)(2,412人)

アムト(ドイツ語版)及び所属自治体

1. アムト・ブリュッソウ (ウッカーマルク)(ドイツ語版)(4,365人)

  1. ブリュッソウ(ドイツ語版)、都市*(1,842人)
  2. カルムツォウ=ヴァルモウ(ドイツ語版)(570人)
  3. ゲーリッツ(ドイツ語版)(788人)
  4. シェンケンベルク(ドイツ語版)(630人)
  5. シェーンフェルト(ドイツ語版)(535人)

2. アムト・ガルツ (オーダー)(ドイツ語版)(6,282人)

  1. カーゼコウ(ドイツ語版)(1,743人)
  2. ガルツ (オーダー)(ドイツ語版)、都市*(2,328人)
  3. ホーエンゼルヒョウ=グロース・ピンノウ(ドイツ語版)(694人)
  4. メシェリーン(ドイツ語版)(726人)
  5. タントウ(ドイツ語版)(791人)

3. アムト・ゲルスヴァルデ(ドイツ語版)(4,209人)

  1. フリート=シュテーゲリッツ(ドイツ語版)(488人)
  2. ゲルスヴァルデ(ドイツ語版)*(1,468人)
  3. ミルマースドルフ(ドイツ語版)(1,389人)
  4. ミッテンヴァルデ(ドイツ語版)(378人)
  5. テンメン=リンゲンヴァルデ(ドイツ語版)(486人)

4. アムト・グラムツォウ(ドイツ語版)(6,590人)

  1. グラムツォウ(ドイツ語版)*(1,728人)
  2. グリューノウ(ドイツ語版)(956人)
  3. オーバーウッカーゼー(ドイツ語版)(1,589人)
  4. ランドウタール(ドイツ語版)(876人)
  5. ウッカーフェルデ(ドイツ語版)(962人)
  6. ツィヒョウ(ドイツ語版)(479人)

政治

郡長

郡行政の拠点プレンツラウ
  • 1994–2002:ヨアヒム・ベンティーン(Joachim Benthin, CDU)
  • 2002–2010:クレメンス・シュミッツ(Klemens Schmitz, SPD, 後に無所属)
  • 2010–:ディートマール・シュルツェ(Dietmar Schulze, SPD)

郡長の選出について見ると、ブランデンブルク州では2010年1月1日以降、直接選挙のみとなっているが、ウッカーマルク郡議会は、既に2009年4月22日にこれを宣言している[2][3]。2009年10月7日には、郡議会は直接選挙とした自らの決議を破棄し、2009年12月に郡議会で選出しようとしたものの[4]、厳しい批判を招いた[5]。しかしウッカーマルクでの直接選挙は頓挫した。郡長選挙は2010年2月28日に行われ、2010年3月14日には決選投票が行われたが、いずれの候補者も定足数となる全有権者の15%の票を得ること ができなかった。郡長は2010年5月19日に、郡議会で64%を得票し、選出された[6]。

郡議会

郡議会は全50議席で、2014年5月25日の選挙結果による議席配分は以下の通り[7]。

政党/会派 議席
SPD 14議席
CDU 14議席
DIE LINKE. 9議席
Bauern - Ländlicher Raum (BLR) 3議席
FDP 3議席
GRÜNE/B90 2議席
NPD 2議席
BVB/FREIE WÄHLER 1議席
Bürgergemeinschaft „Rettet die Uckermark“ (RdUM) 1議席
AfD 1議席

郡議会では以下の連立会派、SPD/BVB, CDU, DIE LINKE, FDP/AfD, BLR, GRÜNE/RdUMがある。SPD/BVBとDIE LINKEは郡議会内で連立しているが、過半数に達していない(郡長を含め全51議席中25議席)[8]。

紋章

紋章は1995年11月8日に承認され、1996年1月1日から公式に使用されている。図案はベルクホルツ出身のハンス・ベンティーン (Hans Benthin) によるものである[9]。

紋章記述:「金地に2本の銀の極細縦帯が付き、幾重にもギザギザが付いた青い桁、これを覆うゴシック様式で、銀の漆喰面があり、開いた門扉がある、鋸壁の壁翼付きの赤いレンガ造りの塔、壁のつくりには外側に向かって傾いた、銀の2つの尖った盾が付く。その右側は金の嘴と爪と、翼に金のクローバーの茎がついた 赤い鷲、左側は直立し、金の嘴と爪のついた赤いグリフィン」[10]。

郡内のアムト、市町村の紋章はウッカーマルク郡の紋章一覧(ドイツ語版)を参照。

経済

郡内で州内でも影響力のある地方成長拠点(ドイツ語版)としては、シュヴェート/オーダー(ドイツ語版)にある郡内最大の850ヘクタールの面積をもつ工業地帯が挙げられる。ここには石油精製施設PCK石油精製所(ドイツ語版)と、製紙工場がある。この他の重要な経済には、農業、再生可能エネルギー(プレンツラウ(ドイツ語版)でのソーラー・モジュール製造)、農業の事業所でのバイオガス施設、郡内各所の風力発電施設、観光である。郡内には大規模な自然保護区域が3か所あり(下オーダー川渓谷国立公園(ドイツ語版)、ショルフハイデ=コリーン生物圏保護区(ドイツ語版)、ウッカーマルク湖沼群自然公園(ドイツ語版))、多くの人々が訪れる。 ウッカーマルクでは6,200社が商工会議所、手工業者組合に登録している。

郡の面積の58% (17万6,549 ha) は、農業に利用され、その内75 haではタバコが栽培されている。

ウッカーマルク郡内の失業率は14.4 % である(2013年8月)[11]。

交通

郡内を通る鉄道路線には、ベルリンを起点にシュトラールズントへ至る路線、シュテティーンへ至る路線、シュヴェート/オーダー(ドイツ語版)へ至る路線がある。

既に1842年にはベルリン=シュテティーン鉄道会社(ドイツ語版)が現在の郡域を鉄道網に組み入れていた。初の路線はベルリンからアンガーミュンデまでが開通し、数年後にはシュテティーンまで延伸された。1863年にはアンガーミュンデからプレンツラウ、パーゼヴァルクに至る路線(ドイツ語版)が、フォアポンメルン(ドイツ語版)のアンクラムまで延伸された。

1873年には、アンガーミュンデ=シュヴェート鉄道(ドイツ語版)会社によってシュヴェート・アン・デア・オーダーとアンガーミュンデが結ばれた。これに続き1877には、バート・フライエンヴァルデ(ドイツ語版)(キュストリーン方面)に至る短絡線(アンガーミュンデ-バート・フライエンヴァルデ線(ドイツ語版) )がベルリン=シュテティーン鉄道会社によって建設された。

プロイセン国鉄は1888年にレーヴェンベルク (マルク)(ドイツ語版)を起点として、当時のテンプリーン郡をベルリン北部線と接続した。これはレーヴェンベルク-プレンツラウ線(ドイツ語版)であり、1899年にプレンツラウ駅(ドイツ語版) まで開通した。また1898年から1899年にかけてフュルステンベルク(ドイツ語版)からエーバースヴァルデを結ぶ路線(ブリッツ-フュルステンベルク線(ドイツ語版))を開通させた。この両路線によってテンプリーン(ドイツ語版)はこの地方の交通の要所となった。

プレンツラウを起点としてシュトラースブルク (ウッカーマルク)(ドイツ語版)に至る路線、またダンメ(ドイツ語版)、ブリュッソウ(ドイツ語版)に至る路線は、いずれも1898年にプレンツラウ郡営鉄道(ドイツ語版)が完成させた。その後、路線網は延伸、また分岐によって拡充し、1902年にはフュルステンヴェルダー(ドイツ語版)(郡営線)、レクニッツ(ドイツ語版)、クロッコウ(ドイツ語版)へ、1906年にはアンガーミュンデ郡営鉄道によってダンメからシュテティーン線のシェーナーマルクまで建設された(シェーナーマルク-ダンメ郡営線(ドイツ語版))。クロッコウを起点に1908年からクロッコウ-パーゼヴァルク軽便線(ドイツ語版)が北方に延伸されたが、戦後までには貨物列車が通るのみとなった。

プロイセン国鉄も1913年までに路線網を拡充した。

カーゼコウ–ペンクーン–オーダー軽便線(ドイツ語版) は1899年から狭軌線でオーダー川とランドウ=ブルッフ (Randow-Bruch) を結び、シュテティーンの郊外まで至る路線であった。

オーダー川は、内陸水運の水路である。郡内にはこの他にも、連邦自動車道路11号線と連邦自動車道路20号線が通っている。

ナンバープレート

1994年1月1日以来、識別記号の「UM」が割り当てられ、使用されている。

2000年頃までの旧郡時代には、特別なナンバーが与えられていた。

地域 アルファベット 数字
旧プレンツラウ郡(ドイツ語版) A から G 1 から 999
AA から GZ
旧アンガーミュンデ郡(ドイツ語版)と都市シュヴェート/オーダー(ドイツ語版) H から R
HA から RZ
旧テンプリーン郡(ドイツ語版) S から Z
SB から ZZ

2014年4月3日からはこれに加えて、「ANG」(アンガーミュンデ)、「PZ」(プレンツラウ)、「SDT」(シュヴェート/オーダー)、「TP」(テンプリーン)が利用可能となった。

その他

外部リンク

脚注

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