エディアカラン
原生代最後の地質時代の一つ
From Wikipedia, the free encyclopedia
エディアカラン(エディアカラ紀、英:Ediacaran)とは、約6億2000万年(誤差1500万年)前〜約5億4200万年(誤差30万年)前にあたる原生代最後の地質時代の一つ。
名称
この紀の名称は決定されていなかった。そのためロシアでは「ヴェンド紀(Vendian)」、中国では「震旦紀(Sinian)」、オーストラリアと北米では「エディアカラ紀(Ediacaran)」の名を使っていた。しかしながら2004年に先カンブリア時代層序小委員会の勧告に基づき国際地質科学連合(IUGS)がこの紀の名称を「エディアカラ紀」として批准し[1][2]、年代を規定した。 ただし、エディアカラ境界は絶対的な国際標準層序年代ではなく、生層序層準に基づき模式地によって規定される国際標準模式層断面及び地点(Global Boundary Stratotype Section and Point)によって定義された唯一の先カンブリア境界である。
ヴェンド紀
同じく原生代の最後の紀に、Sokolov 1952 によるヴェンド紀(Vendian period)があり、エディアカラ紀の同義語のように使われる。
エディアカラ紀とは別の地層で定義されているため単純に絶対年代を比較することは難しいが、Bowring & Erwin 1998 は6億5000万年前からとしており、エディアカラ紀よりやや早くから始まる。
ヴェンド紀は5億6500万年前を境に、古い Varangian と新しい Ediacaran に分かれる。ただしこの Ediacaran は現代的な定義のエディアカラ紀より遅く始まる。
ヴェンド紀の前は Sturtian で、クライオジェニアンとほぼ同じである。
気候
この時期の地球を囲む大気中には、自由酸素が現在に近い状態に含まれており、オゾン層も発達していたため、地球表面に対する紫外線の照射も制御されていたことが、生物の発達を促した[3]。ガスキエス氷期終結の後に海洋の大規模な酸化、[4]、海洋中への硝酸の供給量が増えるとともにリン酸泡の供給量も増加した事が、エディアカラ生物群の様な大型生物を出現させる成因となった。この頃の地球は、数千万年の間に極寒期(小氷河期)と極暑期を何度も繰り返しており、全球凍結ではないが、何回かの小氷河期を迎える。エディアカラ生物群が繁栄し始めた矢先、5億4000万年前にバイコヌール小氷河期が到来し、極寒期へ向かっていく。その結果、エディアカラ生物群は絶滅してしまった[5]。
地質
生物相
マリノアン氷期が終了した直後、再び大陸から海中へのリンやカルシウムなどの栄養塩供給が急増し、多細胞生物が現れた。彼らは、単細胞真核生物の100万倍、原核生物の実に1兆倍もの大きさを持つようになっていったのである。この進化は、生命の発展にとって非常に大きな意味を持っていた。なお、中国で発見された最古の海綿動物化石の年代は6億3500万年前である。したがって、海綿の誕生はそれよりも前だったと思われる。
ガスキエス小氷河期 (5億8000万年前)の直後、エディアカラ生物群の化石が多く発見される時代を迎える。「ベンド生物」と呼ばれる謎の生物群が多数出現しており、IUGSによる批准以前は「ヴェンド紀」とも呼ばれた。
膨大な数のクラゲの印象化石が、1946年、オーストラリア南部フリンダース山脈にあるエディアカラ丘陵の銀鉛山でレジナルド・C・スプリグによって発見された[6]。これらは、目で見ることができる大きさであり、先カンブリア時代末期に属し、「エディアカラ動物群」と称される。その後、ナミビア、中国、ロシア北海地域、ウクライナ南部地域、北ヨーロッパ、カナダ・ニューファンドランド等の世界各地でエディアカラ時代(5億9000万年前〜5億5400万年前)の岩石と印象化石が発見されている。動物群を次の三つに分けることができる。放射性相称は、円形で放射状の区画を持っている。体の左右の区別がなく、車輪のようになっている。次に葉に似た形の生物は、海底の岩にでもくっついて生きていた。最も変異にとんだ生物は、「蠕虫様」(ぜんちゅうよう)と表現でき、左右対称の動物。[7]
こうしたエディアカラ生物群は、バイコヌール小氷河期が到来すると大量絶滅を迎える。その直後にカンブリア爆発と呼ばれる、動植物の大量出現が起きる。エディアカラ生物群は、一部はカンブリア紀(古生代)まで生き延びるが、多くはエディアカラ紀末、すなわち原生代末に絶滅している。絶滅の原因はよく分かっていないが、火山の大噴火などの地球環境変動のほか、捕食者の出現によるものではないかとする仮説が提唱されている[5]。