エドゥアール・バラデュール
フランスの首相
From Wikipedia, the free encyclopedia
エドゥアール・バラデュール(フランス語: Édouard Balladur、1929年5月2日 - 2026年8月31日[1])は、フランスの政治家。フランソワ・ミッテラン政権(第2次コアビタシオン)で第14代フランス首相を務めた。
| エドゥアール・バラデュール Édouard Balladur | |
|---|---|
|
| |
| 生年月日 | 1929年5月2日 |
| 出生地 |
|
| 没年月日 | 2026年8月31日(97歳没) |
| 死没地 |
|
| 出身校 |
リセ・ティエール エクス=アン=プロヴァンス大学法学部 パリ政治学院 フランス国立行政学院 |
| 所属政党 |
共和国連合 (RPR) 国民運動連合 (UMP)(2002 - ) |
| 配偶者 | マリー・ジョセフィー・ドラクール |
| 子女 | 4人 |
| 在任期間 | 1993年3月29日 - 1995年5月10日 |
| 大統領 | フランソワ・ミッテラン |
| 内閣 | 第2次ジャック・シラク内閣 |
| 在任期間 | 1986年3月20日 - 1988年5月12日 |
| 大統領 | フランソワ・ミッテラン |
出生から初期の政治活動
1929年5月2日にトルコのイズミルで、アルメニア系の家庭に誕生する(バラデュール家の先祖は、アルメニア人が大半を占めていた現在のアゼルバイジャンのナヒチェヴァンから、その領土を狙うペルシャ帝国による迫害を逃れるため、イズミルに移住した)。1935年に家族はマルセイユに移る。少年期はジャン=バティスト・ド・ラ・サール司教学院に入れられ、マルセイユのリセ・ティエールを経て、エクス=アン=プロヴァンス大学法学部 (faculté de droit d'Aix-en-Provence) で法学の学士号を取得した。その後、1950年頃パリに出てパリ政治学院 (institut d'études politiques de Paris) に通い、公共政策(公共サービス)でディプロムを取得、続いて1955-1957年の間、フランス国立行政学院 (ENA, École nationale d'administration) とエリートコースを歩んだ[2][3]。
1957年のENA卒業と同じ年、マリー・ジョセフィー・ドラクールと結婚し、4人の息子に恵まれる。
1964年、ジョルジュ・ポンピドゥー首相の顧問となる。1969年、ポンピドゥーが大統領となり、バラデュールは大統領府官房長に任命された。ポンピドゥーの死後、一時期政界から離れていたが、1980年代にジャック・シラクを中心に新たなドゴール派の政党共和国連合が結成されると、これに参加する。右派・保守政治家として活動する一方で、フランソワ・ミッテラン社会党政権が誕生すると、コアビタシオンについても早くから言及し、これを支持していた。
経済・財政大臣就任
1986年、第1次コアビタシオンによるジャック・シラク内閣が成立すると、経済・財政大臣(蔵相・財務相に相当)に就任する。蔵相としては、公共企業体の売却による民営化や富裕税の廃止など、一連の新自由主義的改革を実施した。1988年の大統領選挙におけるミッテランの勝利とシラクの敗北、続く総選挙での社会党の勝利によって、シラク内閣は総辞職し、ミシェル・ロカール内閣が成立する。バラデュールは、シラクと共に下野する。
首相就任と大統領選挙
1993年の総選挙で、社会党は一連のスキャンダル事件のため大敗北を喫し、第2次コアビタシオンが成立する。しかし、シラクはミッテランの下で首相に就任することを拒否したため、バラデュールに首相の地位が回ってきた。ここにバラデュール内閣が成立する。首相になったバラデュールは、穏健な政治姿勢と着実な政治手腕によって国民的支持を集め、次第に共和国連合総裁であるシラクから離反するようになる。さらに、党内の実力者で内相として入閣していたシャルル・パスクワの支持を得て、次期大統領選挙に立候補を決定する。こうして1995年の大統領選挙では、右派・保守陣営はシラク派とバラデュール派に分裂する。当初、バラデュールは支持率において候補者中の1位であったが、次第にシラクと社会党第一書記のリオネル・ジョスパンの間に埋没し、第1回投票における得票率は18.5%、第3位に留まり、大統領選挙から脱落した。結局、この大統領選挙ではシラクが勝利した。選挙後、シラクは当然のごとく、バラデュール及びバラデュールの支持者を冷遇した。この中には、後の大統領ニコラ・サルコジがいる。
その後
栄誉
1993年、国家功労勲章グランクロワ(首相として)[5]、2008年、レジオンドヌール勲章グラントフィシエ章(首相として)[6]受章。