エドソン・プッチ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
|
| ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 | Edson Raúl Puch Cortez | |||||
| ラテン文字 | Edson Puch | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1986年4月9日(38歳) | |||||
| 出身地 | タラパカ州イキケ | |||||
| 身長 | 169cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| ユース | ||||||
|
| ||||||
|
| ||||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2005-2006 |
| 18 | (0) | |||
| 2007-2009 |
| 74 | (17) | |||
| 2009-2011 |
| 65 | (22) | |||
| 2011-2014 |
| 16 | (2) | |||
| 2012-2013 |
→ | 26 | (2) | |||
| 2015 |
| 6 | (0) | |||
| 2016 |
| 15 | (3) | |||
| 2016-2017 |
| 35 | (15) | |||
| 2017-2019 |
| 9 | (2) | |||
| 2018 |
→ | 22 | (6) | |||
| 2019-2021 |
| 46 | (6) | |||
| 2021-2022 |
| 9 | (0) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 2009-2017 |
| 20 | (2) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
エドソン・ラウール・プッチ・コルテス(Edson Raúl Puch Cortez、1986年4月9日 - )は、チリ・タラパカ州イキケ出身の元プロサッカー選手。元チリ代表。現役時代のポジションは、フォワード。
クラブ
地元クラブのデポルテス・イキケでプレーを始め、2003年にCDウアチパトのリザーブチームと契約を結んだ。ウアチパトのトップチームで2シーズンプレーした後、2008年に3部リーグで優勝したデポルテス・イキケに復帰した。2009-アペルトゥーラではチームの中心として活躍、シーズン終了後にホルヘ・サンパオリ監督率いる国内強豪クラブのウニベルシダ・デ・チレに85万ドルで移籍した[1]。
ウニベルシダ・デ・チレ加入後すぐにチームにフィットしたが、5月にUAEのアル・ワスルFCに400万ドルで移籍した[2][3]。アル・ワスルではディエゴ・マラドーナの指導を受けたが、6試合・1得点に終わった。
2012年、レンタルの形でデポルテス・イキケに復帰。半年ほどプレーしたものの、ノーインパクトに終わる。一度アル・ワスルに復帰した後、再びデポルテス・イキケにレンタルで復帰。しかし選手登録は行われず、練習生としてチームに帯同し2013年1月になってようやく選手登録が完了した[4]。
2013年6月、アル・ワスルに復帰。2014年8月の契約満了後しばらく無所属の状態が続いたが、2015年1月にアルゼンチンのCAウラカンに加入[5]。シーズン終了後、チリ代表で指導を受けたクラウディオ・ボルギ監督率いるLDUキトに移籍[6]。
コパ・アメリカ・センテナリオ終了後、クラブ・ネカクサに移籍[7]。
2017年6月、CFパチューカに移籍[8]。2018年1月、ケレタロFCに移籍。
代表
キリンカップサッカー2009・日本戦で46分にホルヘ・バルディビアと交代しチリ代表デビュー。試合には0-4で敗れた。
2015年6月、コパ・アメリカ2015のメンバーに選ばれたが、負傷のため最終登録メンバーから外れた(代わりにフランシスコ・シルバが選出)[9]。
コパ・アメリカ・センテナリオではメキシコ戦で代表初ゴールを含む2ゴールを挙げ、7-0の大勝に貢献した[10]。決勝では80分から途中出場した。