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クラウディオ・ブラーボ

チリのサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

クラウディオ・アンドレス・ブラーボ・ムニョス(Claudio Andrés Bravo Muñoz、1983年4月13日 - )は、チリ・ブイン出身の元サッカー選手。元チリ代表。現役時代のポジションはゴールキーパー。「クラウディオ・ブラボ」と表記されることもある。

本名 クラウディオ・アンドレス・ブラーボ・ムニョス
Claudio Andrés Bravo Muñoz
ラテン文字 Claudio Bravo
生年月日 (1983-04-13) 1983年4月13日(43歳)
概要 クラウディオ・ブラーボ, 名前 ...
クラウディオ・ブラーボ
2017年のブラーボ
名前
本名 クラウディオ・アンドレス・ブラーボ・ムニョス
Claudio Andrés Bravo Muñoz
ラテン文字 Claudio Bravo
基本情報
国籍  チリ
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1983-04-13) 1983年4月13日(43歳)
出身地 ブイン
身長 183cm[1][2][3]
体重 80Kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
ユース
1995-1999 チリの旗 CSDコロコロ
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2002-2006 チリの旗 コロコロ 123 (0)
2006-2014 スペインの旗 レアル・ソシエダ 229 (1)
2014-2016 スペインの旗 バルセロナ 70 (0)
2016-2020 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 29 (0)
2020-2024 スペインの旗 レアル・ベティス 56 (0)
通算 507 (1)
代表歴2
2004  チリ U-23 7 (0)
2004-2024 チリの旗 チリ 150 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2023年7月1日現在。
2. 2023年3月28日現在。
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クラブ経歴

2002年にCSDコロコロからデビューし、2006年までに140試合以上に出場した。

2006年7月12日、スペインのレアル・ソシエダに移籍金120万ユーロの5年契約で移籍し[4]、10月22日のRCDマジョルカ戦でデビューした。29試合に出場しMVP級の活躍を見せたが、2006-07シーズン終了後にチームはセグンダ・ディビシオン(2部)降格となった。2007-08シーズンは生え抜きのアシエル・リエスゴにポジションを奪われ、1試合も出場できなかった。2008-09シーズンはリエスゴがレクレアティーボ・ウエルバにレンタル移籍したため、ポジションを取り戻した。この年、リーグ最少失点だったこともあり、2部の最優秀GKに選ばれた。2009-10シーズンはシーズンを通じて上位をキープし、2010年2月14日のジムナスティック・タラゴナ戦では直接フリーキックを決め、プロキャリア初の得点を挙げた[5]。しかし、3月27日のコルドバCF戦で膝を負傷し、その後のシーズンを棒に振ってしまった。その後、南アフリカW杯のチリ代表メンバー23人に選ばれたため(後述)チームを離脱。6月13日のセルタ・デ・ビーゴ戦でチームは最終節1試合を残してプリメーラ・ディビシオン(1部)昇格を決めた。

2014年6月25日、FCバルセロナへ移籍することが発表された[6]。10月4日のラーヨ・バジェカーノ戦にてペドロ・マリア・アルトラの持つ開幕からの560分継続無失点記録を更新し、最終的に755分の開幕継続無失点記録を樹立した。最終的に37試合出場で19失点におさえ、リーガ・エスパニョーラ優勝に貢献した。

しかし、マルク=アンドレ・テア・シュテーゲンとのGKローテーション制に不満を持ち、2016年8月、FCバルセロナの元監督であるジョゼップ・グアルディオラの誘いもありマンチェスター・シティFCに移籍が決定[7][8]。開幕当初はスタメンとしてプレーしていたが、枠内シュートでの被弾率がリーグワーストを記録するなど低調なパフォーマンスが目立ち、シーズン後半はウィリー・カバジェロにポジションを譲り、自身は控えに降格。更に2017年夏にエデルソンが加入して以降は出場機会が更に減少した。2020年8月19日に契約満了で退団した[9]。

2020年8月30日、レアル・ベティスと2年契約を結んだ[10][11]。加入当初はジョエル・ロブレスの控えがメインだったが、リーグ中盤以降はロブレスからポジションを奪取し、シーズン通して20試合に出場した。

2024年8月26日に現役を引退した[12]。

代表経歴

U-17、U-20、U-23世代のチリ代表に選ばれた経験がある。2004年7月11日、コパ・アメリカのパラグアイ戦でチリA代表デビューした。2006 FIFAワールドカップ南米予選後はいったん代表を離れたが、ベネズエラで開かれたコパ・アメリカ2007で復帰し、4試合に先発出場した。マルセロ・サラスの引退後、代表のキャプテンを任された。

2010年6月1日、2010 FIFAワールドカップに臨むチリ代表23人に選ばれた[13]。正GKとして出場したこの大会では、スペイン戦で失点につながるミスなどもあったが[14]、グループリーグ3試合をスペイン戦の2失点のみに抑えた。決勝トーナメント1回戦でブラジルに敗れたが[15]、3大会ぶりのベスト16進出に貢献した。

2016年3月24日、2018 FIFAワールドカップ・南米予選のアルゼンチン戦に出場し、チリ人としては初となる代表100試合出場を達成した。しかしチームはワールドカップ本戦出場を逃し、更にはブラーボの妻と母が同僚のアルトゥーロ・ビダルを批判したことで、彼と犬猿の仲になったと報じられている[16]。そこからしばらく代表からは遠ざかっていたが、2019年8月29日に2年ぶりに復帰した[17]。

個人成績

さらに見る クラブ, シーズン ...
クラブ シーズン リーグ リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 国際大会 その他 合計
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
コロコロ 2003 プリメーラ 250--100026 0
2004 400--500045 0
2005 390--200041 0
2006 190--200021 0
通算1230--100001330
レアル・ソシエダ 2006-07 プリメーラ 29010- - 0 0 30 0
2007-08 セグンダ 0000--000 0
2008-09 32000--0032 0
2009-10 25100--0025 1
2010-11 プリメーラ 38000--0038 0
2011-12 37000--0037 0
2012-13 31000--0031 0
2013-14 37000-700044 0
通算229110-70002371
バルセロナ 2014-15 プリメーラ 37000-00-37 0
2015-16 32000-003035 0
2016-17 1000-00203 0
通算70000-0050750
マンチェスター・シティ 2016-17 プレミアリーグ 220400040-30 0
2017-18 30306010-13 0
2018-19 00000000101 0
2019-20 404060201017 0
通算2901101205020610
レアル・ベティス 2020-21 プリメーラ 20010--0 021 0
2021-22 17020-40-230
2022-23 12020-6010210
通算 490500010010650
総通算 4921170120320805591
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代表歴

コパ・アメリカ2015での優勝

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 145試合 0得点(2004年-)[18]
さらに見る チリ代表, 国際Aマッチ ...
チリ代表国際Aマッチ
年出場得点
200410
200530
200650
2007120
2008100
2009100
201070
2011140
201240
2013120
201490
2015120
2016110
201790
201940
202020
2021160
202230
202310
2024
通算1450
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タイトル

クラブ

CSDコロコロ
レアル・ソシエダ
FCバルセロナ
マンチェスター・シティFC
レアル・ベティス

代表

チリ代表

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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