エリック・オフラハティ

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生年月日 (1985-02-05) 1985年2月5日(40歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
220 lb =約99.8 kg
エリック・オフラハーティ
Eric O'Flaherty
アトランタ・ブレーブス時代
(2009年6月12日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ワシントン州ワラワラ郡ワラワラ
生年月日 (1985-02-05) 1985年2月5日(40歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 MLBドラフト6巡目(全体176位)でシアトル・マリナーズから指名
初出場 2006年8月16日 オークランド・アスレチックス
年俸 $5,500,000(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

エリック・ジョージ・オフラハティEric George O'Flaherty, 1985年2月5日 - )は、アメリカ合衆国ワシントン州ワラワラ郡ワラワラ出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

姓の「O'Flaherty」だが、Hは無声音でありlaheは「rare/レア」と同じ発音なため、オフレアーティがより発音に近い表記となる。

プロ入りとマリナーズ時代

シアトル・マリナーズ時代
(2008年4月6日)

2003年MLBドラフト6巡目(全体176位)でシアトル・マリナーズから指名され入団。2006年は開幕をA+級インランド・エンパイア・シックスティシクサーズ英語版で迎えたが、5月27日にAA級サンアントニオ・ミッションズ、8月9日にAAA級タコマ・レイニアーズに昇格していき、8月16日にメジャー昇格を果たし[1]、同日のオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビュー。同年、メジャーで15試合に登板し、シーズンを終えた。

2007年は5月4日にメジャー初勝利を記録して以降、8月1日にかけて7連勝を記録し、メジャー初勝利からの連勝記録の球団記録を更新[2]。同年、56試合の登板で、7勝1敗・防御率4.47を記録したが、2008年は7試合の登板で、防御率20.25の成績に終わった。

ブレーブス時代

2008年11月20日にウェイバー公示を経てアトランタ・ブレーブスへ移籍[3]

2009年は、78試合の登板で防御率3.04を記録。スライダーの制球を改善させ、チェンジアップが効果的に使えるようになった[4]

2011年は主に7回を担当し、クレイグ・キンブレルジョニー・ベンタースとともにブレーブスのブルペンを支えた。このシーズンは78試合の登板で防御率0.98と抜群の安定感を誇った。

2012年1月に前年の約2.8倍となる1年総額249万ドルでブレーブスと再契約した。

2013年5月18日、左肘を故障し、15日間の故障者リストに入った。MRIの結果、左肘尺骨側副靱帯の損傷が判明。 5月21日にトミー・ジョン手術を受け、2013年中の復帰は絶望となった。10月31日にFAとなった。

アスレチックス時代

オークランド・アスレチックス時代
(2014年9月20日)

2014年1月22日にアスレチックスと2年総額700万ドルの契約で合意した。年俸は1年目が150万ドル、2年目が550万ドルとなった[5]。2月17日に前年の手術の影響で60日間の故障者リスト入りした[6][7]。同年は21試合の登板に留まったが、防御率2.25・WHIP0.95という好成績を記録しており、手術前と比べて実力が低下していない事を証明した。

2015年は25試合に登板したが、防御率5.91・WHIP1.97と打ち込まれた。

メッツ時代

ニューヨーク・メッツ時代
(2015年8月10日)

2015年8月4日にダーウィン・フリアス+金銭とのトレードで、ニューヨーク・メッツへ移籍[8]。同年11月2日にFAとなった[9]。メッツ加入後は16試合にリリーフ登板したが、移籍前よりも炎上。防御率13.50・WHIP2.65と驚異的に打ちこまれた。通年では41試合に登板し、防御率8.10・1勝2敗・WHIP2.17という成績だった。

ブレーブス復帰

ピッツバーグ・パイレーツ時代
(2016年3月11日)

2016年2月11日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに合流した。3月27日に金銭トレードで、ブレーブスへ移籍した[10]。この年は39試合に登板して1勝4敗・防御率6.41・22奪三振の成績を残した。オフの11月3日にFAとなったが、12月22日にブレーブスとマイナー契約で再契約し、2017年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。

2017年4月2日にメジャー契約を結び、開幕25人枠入りした[9]7月21日に自由契約となった[11]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2006 SEA 1500000001----5711.0182630620954.092.18
2007 5600007104.87522152.14512015364126264.471.24
2008 700000102.000426.2162422400151520.253.00
2009 ATL 78000021015.66723656.15221846392023193.041.24
2010 5600003209.60018144.03721821363014122.451.25
2011 78000024032.33330173.259221836710980.981.09
2012 640000300281.00023057.14731922461014111.731.15
2013 190000300121.0007018.01225101100552.500.94
2014 OAK 21000010131.00016820.01534021530332.250.95
2015 2500001203.33310821.12911310150017145.911.97
NYM 1600000001----518.2181512610131313.502.65
'15計 4100001204.33315930.04721822211030278.102.17
2016 ATL 3900001403.20013628.23931122223025226.911.74
2017 2200000003----8318.1204900151016167.851.58
MLB:12年 496000023151116.6051796416.14072815327253182111911713.701.35

年度別守備成績



投手(P)












2006 SEA 1511001.000
2007 56010021.000
2008 704001.000
2009 ATL 7805001.000
2010 5615001.000
2011 78313001.000
2012 6416001.000
2013 1905001.000
2014 OAK 2101001.000
2015 2524001.000
NYM 1601001.000
'15計 4125001.000
2016 ATL 390210.667
2017 2213001.000
MLB 49696012.986

背番号

  • 59(2006年 - 2008年)
  • 34(2009年 - 2013年、2016年 - 2017年)
  • 39(2014年 - 2015年8月3日)
  • 44(2015年8月4日 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

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