ジョニー・ベンタース

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生年月日 (1985-03-20) 1985年3月20日(40歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
195 lb =約88.5 kg
ジョニー・ベンタース
Jonny Venters
アトランタ・ブレーブス時代
(2018年9月18日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ケンタッキー州パイク郡パイクビル
生年月日 (1985-03-20) 1985年3月20日(40歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 MLBドラフト30巡目
初出場 2010年4月17日 コロラド・ロッキーズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョナサン・ウィリアム・ベンタースJonathan William Venters, 1985年3月20日 - )は、アメリカ合衆国ケンタッキー州パイク郡パイクビル出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

プロ入り前

ベンタースが生まれたケンタッキー州パイクビルはオハイオ州シンシナティに近く、そのため家族全員がシンシナティ・レッズのファンだったという[1]

プロ入りとブレーブス時代

アトランタ・ブレーブス時代
(2012年3月18日)

2003年MLBドラフト30巡目(全体907位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、プロ入り。

マイナーでは主に先発として起用された。2010年スプリングトレーニングではジョジョ・レイエスとリリーフ投手の最後の枠の争うことになったが、結局開幕をマイナーで迎えた[2]マイク・ダンが4月17日にマイナー降格したのに伴ってメジャー昇格を果たし、同日メジャーデビューを果たした[3]。 6月17日のミルウォーキー・ブルワーズ戦にて、プリンス・フィルダーに対し、故意死球を投げたとみなされ、ブレーブス監督のボビー・コックスとともに、退場となった[4]。のちに、ベンタースに対し4試合の出場停止の判決が出された。この判決はその後、ベンタースの訴えにより取り消されている[5]。最終的にこのシーズンは、ナ・リーグ6位となる79試合に登板した[6]。また、ナ・リーグの新人王の投票では8位に入った[7]

2011年は、主にクレイグ・キンブレルにつなぐセットアッパーとして起用され、キンブレル、エリック・オフラハティとともにブレーブスのブルペンを支えた。

2012年6月22日のニューヨーク・ヤンキース戦でアレックス・ロドリゲスに彼のキャリアで23本目のグランドスラムを被弾するなど、前半戦は苦しんだ[8]。7月5日に左肘の痛みにより故障者リスト入りし[9]、22日のワシントン・ナショナルズ戦で復帰した[10]

2013年はシーズン開幕前に左肘の違和感で故障者リスト入りした。トミー・ジョン手術を避けリハビリに励み、5月中の復帰を目指したが[11]、結局キャリア2度目のトミー・ジョン手術を受け、シーズンを全休した。

2014年3月23日に前年の手術の影響で、15日間の故障者リスト入りした[12]。3月29日に60日間の故障者リストへ異動した[13]。8月にキャリア3度目のトミー・ジョン手術を受けた。11月21日にフリーエージェント(FA)となった。

レイズ時代

2015年3月11日にタンパベイ・レイズと2年契約のマイナー契約を結んだ。

2016年には傘下のA+級シャーロット・ストーンクラブズで4年ぶりの公式戦登板を果たした。オフの11月7日にFAとなったが、2017年3月27日にマイナー契約を結んで再契約した[14]

2017年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・レイズ、A+級シャーロット、AA級モンゴメリー・ビスケッツ、AAA級ダーラム・ブルズでプレーし、4球団合計で24試合に登板して防御率2.28、29奪三振を記録した。オフの11月7日にFAとなったが、12月14日にマイナー契約を結んで再契約し、2018年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[15]

映像外部リンク
2018年4月25日、6シーズンぶりのMLBでの登板(MLB.comによる公式動画)

2018年4月25日にAAA級ダーラムからメジャーに昇格し[16]、当日のボルチモア・オリオールズ戦の6回裏に登板。先頭のクリス・デービスをショートゴロに打ち取りマウンドを降りた。トミー・ジョン手術を3度受けてメジャーに復帰した初めての投手となった[17]

ブレーブス復帰

2018年7月26日に後日発表選手とのトレードで、ブレーブスへ移籍した[18]。シーズンでは2球団合計で50試合登板(34+13投球回)で5勝2敗3セーブ、16ホールド、防御率3.67を記録した。シーズン終了後にはナ・リーグのカムバック賞に選出された[19]。11月30日にブレーブスと単年225万ドルで合意した[20]

2019年は開幕から絶不調で、9試合の登板で防御率17.36だった。5月18日にFAとなった[21]

ナショナルズ時代

2019年5月29日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[22]。6月25日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[23]。オフの10月31日にFAとなった[24]

投球スタイル

95mph(約152.8km/h)ほどのハードシンカーを武器とする。彼のメジャーデビューした2010年にブレーブスの監督を務めていたボビー・コックスは「左投手がこんな球を投げるのは50年のプロ生活でも観たことがない」と言い、この球を "スーパーシンカー" と呼んでいる[25]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010 ATL 79000044124.50035083.06113928934030181.951.21
2011 85000062535.75035788.05324375964019181.841.09
2012 66000054020.55626258.26162835699023213.221.52
2018 TB 2210001115.5005814.01116101100663.861.21
ATL 28000041210.8008720.115010211630983.541.23
'18計 50100052315.71414534.12611631273015143.671.22
2019 900000011.---314.29380070013917.363.64
WSH 300000101.000183.130212500325.401.50
'19計 1200000112.000498.012310121200161112.382.75
MLB:5年 292100020131096.6061163272.0213131361621297200103822.711.28
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












2010 ATL 7921520.895
2011 8561921.926
2012 661920.833
2018 TB 2221001.000
ATL 2803001.000
'18計 5024001.000
2019 90000----
WSH 30000----
'19計 120000----
MLB 292114761.906
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

背番号

  • 39(2010年 - 2012年、2019年6月29日 - 同年終了)
  • 49(2018年 - 同年7月25日)
  • 48(2018年7月27日 - 2019年5月17日)

脚注

関連項目

外部リンク

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