オイディプスの刃
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映画
キャスト
製作
角川春樹は1976年1月、映画製作を目的とした角川春樹事務所を設立し[10]、同年5月24日に行われた記者会見で、本作と『犬神家の一族』、『いつかぎらぎらする日』(笠原和夫脚本、深作欣二監督)の三本をまず製作予定と告知した[3][5][7][11]。『オイディプスの刃』は『犬神家の一族』に続く角川映画第二弾の予定で[3]、会見を伝える当時の『映画時報』によれば、角川が製作費3000万円を全額出資する角川映画で[11]、「製作角川春樹、プロデューサー葛井欣士郎、脚本中島丈博、監督村川透、撮影姫田真佐久、主演藤村志保、出演瑳峨三智子、中山仁、川口晶、松田優作[11]。フランスのニースから17キロ離れた田舎町で1976年5月16日クランクイン、1976年9月15日から10月10日まで国内で撮影し、12月末完成、1977年春公開」と書かれている[11]。
『映画情報』1985年4月号の記事では角川とATGとの提携(ATG配給)で[7]、製作費4000万円、主演・松田優作、監督・村川透、他の出演は中山仁、川口晶、藤村志保、瑳峨三智子らが決まり[3][12]、1976年5月中旬に松田優作らが参加し[5][7][12]、南仏グラースのラベンダー畑などでロケも行われていた[5][7][12]。しかし内容がかなり反道徳的なもので経営危機に陥っていたATG側の意向で断念し[7]、製作が中止されていた[5][7]。
その後は企画が宙に浮いたままになっていたが[5]、多くの演出家が映画の製作を希望し[5]、角川が『青幻記 遠い日の母は美しく』での成島東一郎監督のシャープな映像手腕を評価し[5]、1984年に映画化を決めた[5]。成島は松竹の名カメラマンとして知られた人だったが[13]、監督作品は『青幻記 遠い日の母は美しく』と本作の二本のみとなる。
撮影
1984年夏に長崎と京都ロケを敢行し、全体の約50%を撮了[5]。1985年2月7日より3月初旬まで残りの日本国内ロケを終了[5]。1985年7月に南仏グラースロケを行い、同年9月末完成[5]。1986年のカンヌ映画祭に出品し[5]、1986年5月下旬公開を予定していると告知されていた[5]。