成島東一郎

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生年月日 (1925-11-19) 1925年11月19日
没年月日 (1993-10-08) 1993年10月8日(67歳没)
出生地 東京都
職業 撮影監督
なるしま とういちろう
成島 東一郎
生年月日 (1925-11-19) 1925年11月19日
没年月日 (1993-10-08) 1993年10月8日(67歳没)
出生地 東京都
職業 撮影監督
主な作品
撮影監督
秋津温泉』(監督:吉田喜重
古都』『紀ノ川』(監督:中村登
心中天網島』(監督:篠田正浩
儀式』(監督:大島渚
戦場のメリークリスマス』(監督:大島渚)
監督・脚本
『青幻記 遠い日の母は美しく』
オイディプスの刃
受賞
三浦賞
1962年『秋津温泉
日本映画技術賞
1962年『秋津温泉』
1963年『古都
毎日映画コンクール
撮影賞
1963年古都
ブルーリボン賞
撮影賞
1963年『古都』
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成島 東一郎(なるしま とういちろう、1925年〈大正14年〉11月19日 - 1993年〈平成5年〉10月8日)[1][2]は、日本撮影監督映画監督脚本家[3]

東京都出身。東京物理学校卒(現在の東京理科大学[2]

1947年松竹大船撮影所撮影部に入社、木下惠介楠田浩之に師事し、日本初のカラー映画1951年『カルメン故郷に帰る』、1958年「楢山節考(共に監督 木下惠介、撮影 楠田浩之)」に撮影助手として参加。1960年に『ろくでなし』(監督 吉田喜重)で撮影技師として独り立ち[2]、吉田喜重・篠田正浩大島渚ら"松竹ヌーヴェルヴァーグ派"の監督たちの代表作を多く手掛けた[4]

代表作は『秋津温泉』(監督:吉田喜重)、『古都』『紀ノ川』(監督:中村登)、『心中天網島』(監督:篠田正浩)、『儀式』『戦場のメリークリスマス』(監督:大島渚)など。

1965年フリーとなり、1966年「キャビネット・オブ・N」を設立、後進の育成にあたる[2]

1972年「青幻記プロ」を設立、一色次郎の同名小説を映画化した『青幻記 遠い日の母は美しく』で自ら監督・製作・脚本・撮影を担当した。1984年には「青幻記プロ」を改組し「イマージュドエヌ」を設立、角川春樹事務所10周年記念映画「オイディプスの刃」を制作した。

作風

映画「紀ノ川」について

有吉佐和子原作の映画『紀ノ川』の撮影について、成島東一郎は、原作の文学的世界を単に映像化するのではなく再構築する作業であったと述懐している[5]。成島は「小説をそのまま映画にすることはできない。映画は映画として新しく構築しなければならない」と語り、三代にわたる女性の生と時代の流れを、光や風土の質感によって表現することを目指した。紀州ロケでは自然光を重視し、紀ノ川の存在を単なる背景ではなく「紀ノ川そのものが、この映画のもう一人の主人公である」と位置づけ、世代を超えて流れ続ける川に時間と運命を象徴させた。また、世代交代の描写についても「死は終わりではなく、次の世代への受け渡しである」と記し、歴史の連続性を映像で体現しようとした。技術面では35ミリフィルムによる撮影を基盤に、スタジオでも自然光に近いライティングを追求し、フィルム感度や絞りを調整して陰影を精緻にコントロールするなど、時代ごとの空気感を画面トーンで描き分ける工夫がなされた。カメラワークも過度に動かさず人物の内面を浮かび上がらせる構図を重視し、文学的時間を映像的リズムへと転換しようとしたのである。成島にとって本作は、「映画は、風土と時間を写し取るものである」という自身の映画観を体現する試みであったといえる。

作品

※賞歴のある作品は太字で記す。

撮影

監督・脚本

受賞歴

脚注

外部リンク

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