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カイル・ファーンズワース

アメリカの野球選手 (1976 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

カイル・リン・ファーンズワース(Kyle Lynn Farnsworth, 1976年4月14日 - )は、アメリカ合衆国カンザス州ウィチタ出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

生年月日 (1976-04-14) 1976年4月14日(50歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
230 lb =約104.3 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
カイル・ファーンズワース
Kyle Farnsworth
2014年5月17日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カンザス州ウィチタ
生年月日 (1976-04-14) 1976年4月14日(50歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 ドラフト47巡目でシカゴ・カブスから指名
初出場 1999年4月29日 フロリダ・マーリンズ
最終出場 2014年6月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

カブス時代

1994年にドラフト47巡目(全体1290位)でシカゴ・カブスから指名を受け、プロ入り。

1999年4月29日にメジャーデビューを果たした。

2001年には76試合に登板し、4勝6敗2セーブ24ホールド、キャリアハイとなる107奪三振、防御率2.74という好成績を残した。

フロリダ・マーリンズとの2003年のナショナルリーグチャンピオンシップシリーズ第6戦で所謂スティーブ・バートマン事件が発生した8回表に先発のマーク・プライアーが3点のリードを失って同点となった(登板時のスコアは3-3、1アウト2・3塁)直後に2番手として登板している。ここから敬遠(満塁策)・逆転の犠牲フライ・敬遠(満塁策)・2者連続のタイムリーツーベースヒットと大乱調で3失点(自責点3)を喫している(降板時のスコアは3-8でこのスコアのままカブスは敗れている)。

タイガース時代

2005年2月9日にデトロイト・タイガーストレードされる。開幕から主にクローザートロイ・パーシバルへ繋ぐセットアッパーとしてプレーしていたが、パーシバルが故障で離脱の際には、失敗なしの6連続セーブをマークするなど抜群の安定感を見せた。

ブレーブス時代

そのタイガースでの活躍ぶりが評価され、同年7月31日に優勝争いをしていたアトランタ・ブレーブスへトレード移籍。移籍後は、それまでクローザーを務めていたダン・コルブクリス・リーツマに替わり、クローザーを務めることとなった。10月31日にFAとなった。

ヤンキース時代

2007年7月29日

2005年12月5日にニューヨーク・ヤンキースと契約。

2006年はリーグ5位となる72試合に登板した。その後も中継ぎとして活躍した。

タイガース復帰

2008年7月30日イバン・ロドリゲスとの交換トレードでデトロイト・タイガースへ移籍した[1]

ロイヤルズ時代

2008年12月13日カンザスシティ・ロイヤルズと2年925万ドル(3年目はオプション)で契約した[2]

ブレーブス復帰

2010年7月31日に、トレードでリック・アンキールと共にアトランタ・ブレーブスへ移籍。11月2日にFAとなった。

レイズ時代

2011年1月15日、タンパベイ・レイズと1年契約総額325万ドルで契約を結ぶ[3]。この年は、自身初めて開幕から一年を通してクローザーを務めた。

2012年7月24日

2012年10月29日にFAとなった。

2013年2月5日にレイズと再契約。8月9日にDFAとなり、翌日放出された。

パイレーツ時代

2013年8月16日、ピッツバーグ・パイレーツと契約。10月31日にFAとなった。

メッツ時代

2014年5月7日

2014年2月3日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ[4]が、3月23日に放出された。3月30日に契約内容を変更し、メッツとマイナー契約で再契約した。4月2日にメッツとメジャー契約に合意した[5]。昇格後は19試合に登板したが、5月15日に40人枠を外れ、AAA級ラスベガス・フィフティワンズへ降格した[6]。5月16日にFAとなった。

アストロズ時代

2014年5月17日にヒューストン・アストロズと契約したが[7]、6月26日に解雇となる。

メキシカンリーグ時代

2015年7月2日にメキシカンリーグプエブラ・パロッツと契約。

2016年4月9日にレイノサ・ブロンコスと契約。この年限りで現役を引退した。

選手としての特徴・人物

2006年7月22日7月24日7月30日の3日間で3イニング(アウト9個)を投げ、アウト9個を全て三振で奪っている。

14歳からテコンドーを習い黒帯を持ち、大会入賞歴もある腕前である。

乱闘に強い選手として知られ、カブス時代の2003年には死球を受け、自身に向かってきたポール・ウィルソンを痛めつけすぎて3日間の出場停止処分を受けたことがある。

2015年からは野球を続ける一方、フロリダ州を拠点とするアメリカンフットボールのセミプロリーグであるフロリダ・フットボール・アライアンス英語版ディフェンシブエンドとしてプレーした[8]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
1999 CHC 27211105900.357579130.0140285213707180735.051.48
2000 4650002916.18237177.090145084743058556.431.82
2001 76000046224.40033982.065829211072226252.741.15
2002 4500004616.40021346.25392471461047387.331.65
2003 77000032019.60031276.15363610926031283.301.17
2004 72000045018.44429866.267103312781039354.731.50
2005 DET 46000011615.50017442.22912001552012112.321.15
ATL 26000000104----10327.11547023211661.980.80
'05計 720000111619.50027770.04452703873118172.191.01
2006 NYY 72000036619.33328966.06282831755134324.361.36
2007 64000021015.66726660.06092722484235324.801.45
2008 45000012111.33318544.143111731431118183.651.35
DET 1600001103.5007616.0274510180014126.752.00
'08計 61000023114.40026160.170152241611132304.481.52
2009 KC 4100001505.16716837.14331421422122194.581.53
2010 37000030071.00018544.24021204362013122.421.16
ATL 2300000202.0008220.0152710251012125.401.10
'10計 6000003209.60026764.25541914613025243.341.14
2011 TB 63000051250.83323157.24551213512015142.180.99
2012 3400001607.14312027.02211421252013124.001.33
2013 39000020021.00012929.2374701190119195.761.48
PIT 900001120.500338.261300900111.041.04
'13計 4800003122.75016238.14351001280120204.701.38
2014 NYM 1900000333.0007117.01826101000663.181.41
HOU 1600000005----5711.2140910810886.171.97
'14計 3500000338.00012828.23221520181014144.401.64
通算:16年 89326110436657171.3944281988.2944132412372896343105094684.261.37
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背番号

  • 44 (1999年 - 2005年途中)
  • 40 (2005年途中 - 同年終了)
  • 48 (2006年 - 2008年)
  • 40 (2009年 - 2010年途中)
  • 43 (2010年途中 - 2013年途中)
  • 25 (2013年途中 - 同年終了)
  • 44 (2014年 - 同年終了)
  • 96 (2015年 - 2016年)

脚注

関連項目

外部リンク

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