キコ・カレーロ
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オークランド・アスレチックス時代 (2005年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 1975年1月9日(50歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 210 lb =約95.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1996年 MLBドラフト27巡目(全体799位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名 |
| 初出場 | 2003年4月2日 ブルワーズ戦 |
| 最終出場 | 2009年10月4日 |
| 年俸 | $500,000(2009年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2006年 |
この表について
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キコ・カレーロ(Kiko Calero, 1975年1月9日 - )はプエルトリコのサントゥルセ出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。本名はエンリケ・ノマール・カレーロ(Enrique Nomar Calero)。

(2004年8月7日)
プエルトリコの高校を卒業し、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミのMiami Dade Collegeに進学。1994年にデトロイト・タイガースからドラフト41巡目(全体1,142位)で指名されるが、契約せず。同州マイアミガーデンズのSt. Thomas Universityへ移り、1996年のドラフトで今度はカンザスシティ・ロイヤルズに指名されてプロ入りするが、それでも27巡目(全体799位)と、当時の評価はそれほど高くはなかった。
その後は長い間マイナー生活が続いたが、2003年にセントルイス・カージナルスでメジャー昇格を果たすと、主にリリーフとして26試合に登板し防御率2.82という数字を残した。翌2004年はさらに投球内容が向上し、41試合登板で12ホールド・防御率2.78・WHIP0.816を記録した。ポストシーズンでもワールドシリーズ2試合を含む8試合に登板している。
これに目をつけたのがオークランド・アスレチックスだった。緊縮財政下にあるアスレチックスは、先発投手陣 "ビッグ3" のうちティム・ハドソンとマーク・マルダーの2人を放出して年俸総額を削ることを決定。それと同時に、チームの方針を「絶対的な力を持った先発陣にできる限り長いイニングを投げさせるスタイル」から「先発に5、6イニングまで投げさせ安定したブルペンにつなぐスタイル」へ転換させることにした[2]。
こうしてシーズン終了後の12月、カレーロはマルダーとのトレードで、ダン・ヘイレンやダリック・バートンとともにアスレチックスへ移籍した。移籍1年目となる2005年には58試合、翌2006年には70試合に登板したカレーロは、2年連続で防御率3点台前半の数字を残した。しかし2007年は肩を痛めて6月に故障者リスト入りするなど46登板にとどまり、防御率も5点台後半と低迷した。
2009年は、フロリダ・マーリンズで67試合に登板。
2010年3月4日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加した。5月16日に放出され、6月10日にロサンゼルス・ドジャースと契約を結び、AAA級アルバカーキ・アイソトープスに割り当てられた。放出されるまでに15登板を記録した。