ルイス・マトス
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レオネス・デル・エスコヒード時代 (2020年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 1978年10月30日(46歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 210 lb =約95.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1996年 MLBドラフト10巡目 |
| 初出場 | 2000年6月19日 |
| 最終出場 | 2006年8月9日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督歴 | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2006年 |
この表について
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ルイス・マトス(Luis David Matos , 1978年10月30日 - )は、プエルトリコ・バヤモン出身の元プロ野球選手(外野手)、野球指導者。右投右打。
プロ入りとオリオールズ時代
1996年のMLBドラフト10巡目(全体291位)でボルチモア・オリオールズから指名を受け、プロ入り。
2000年にメジャー初昇格。72試合に出場し、打率.225、1本塁打、17打点、13盗塁の成績を残した[1]。
2003年には守備範囲の広さと堅実さが評価され、また打撃も開眼し中堅手のレギュラーを獲得。規定打席に到達し打率.303(リーグ21位)、13本塁打、45打点、15盗塁の成績を残した[1]。
2004年は故障で89試合の出場にとどまったが、2005年は121試合に出場して打率.280、4本塁打、32打点、17盗塁の成績を残した[1]。
2006年3月に開催された第1回WBCのプエルトリコ代表に選出され、カルロス・ベルトラン、アレックス・リオスと共に外野陣を形成した。一方レギュラーシーズンでは打撃が不調に陥り、コーリー・パターソンに中堅手のポジションを奪われる。7月10日にオリオールズを自由契約となった[2]。
ナショナルズ時代
2006年7月14日にワシントン・ナショナルズと契約[2]。14試合に出場したが15打数3安打の成績に終わり、8月10日に自由契約となった[2]。
ナショナルズ退団後
2007年1月18日にピッツバーグ・パイレーツと契約[2]。8月17日にトレードでニューヨーク・メッツに移籍[2]。この年はメジャーでの出場はなかった。
2008年はメキシカンリーグのユカタン・ライオンズでプレー。88試合に出場し、打率.289、6本塁打、44打点、22盗塁の成績を残した[1]。
2008年12月19日にミネソタ・ツインズとマイナー契約したが[2]、開幕前の2009年3月27日に自由契約となった[2]。
ツインズ退団後は2010年までユカタン・ライオンズでプレー。2011年にカンペチェ・パイレーツに移籍。2012年はユカタンとカンペチェの2球団でプレー。以降は2013年/2014年シーズンまで故郷プエルトリコのウィンターリーグであるリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・ロベルト・クレメンテ(LBPRC)でプレーして現役引退。
現役引退後
2015年よりロサンゼルス・ドジャース傘下A級グレートレイクス・ルーンズのコーチに就任。2016年に傘下AAA級オクラホマシティ・ドジャースのコーチに就任。同年末よりプエルトリコウィンターリーグ(LBPRC)のクリオージョス・デ・カグアスの監督に就任。就任1年目の2017年と2018年に、チームを2年連続のカリビアンシリーズ優勝に導いた[3]。
2021年7月21日、古巣であるメキシカンリーグのユカタン・ライオンズの監督に就任した[4]。2022年5月30日に成績不振のため解雇された[5]。