キプロスの国章
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歴史
イギリスの王領植民地時代のキプロスでは、地元植民地政府がイングランド王室紋章に基づき、左へ向かって大またで歩く(Passant)二頭の「ライオン」をあしらった紋章を使っていたが、これが公式に認められることはなかった。
1960年の独立直後、大統領でキプロス正教会首座主教のマカリオス3世と、副大統領でトルコ系市民の政治団体を率いたファーズル・キュチュクは国章の制定を求め、キュチュクの友人 Ismet Güney が下絵を描き、その通りに国章が決まった。2012年には鳩、盾、オリーブの枝の仕草に若干に変更が加えられた。
1974年にキプロスが南北に分断され、1983年に北部のトルコ系住民が北キプロス・トルコ共和国の建国を宣言したため、この国章は事実上キプロス島の南部だけギリシャ系住民の国章である。