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松島正昭

日本の実業家 (1958-) From Wikipedia, the free encyclopedia

松島 正昭(まつしま まさあき、1958年2月23日[1][2] - )は、日本の実業家、馬主。

肩書き
概要 まつしま まさあき 松島 正昭, 生誕 ...
まつしま まさあき
松島 正昭
第170回天皇賞表彰式(2024年10月27日)
生誕 (1958-02-23) 1958年2月23日(68歳)[1][2]
日本の旗 日本 京都府[1][2]京都市[3]
出身校 同志社大学[2]
職業
肩書き
子供
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長女の松島悠衣は一口馬主クラブ「インゼルレーシング」の代表[4]、次男の松島鴻太は元ラグビー選手。

経歴

マツシマホールディングス(旧カミッグ・京都マツダ)の創業経営一族である。京都府出身で、同志社大学を卒業後、1985年に株式会社京都マツダに入社。1998年、代表取締役社長に就任[5]。人材育成にも力を入れ、2007年度の関西経営品質賞ポテンシャル賞を受賞[6]、2010年度関西経営品質賞奨励賞を受賞する[7]。

2016年、武豊プロデュースによるトータルボディーコンディショニング施設、テイクフィジカルコンディショニングジムをオープンする[8]。

馬主活動

キーファーズの勝負服
松島(個人名義)の勝負服

日本中央競馬会(JRA)や海外において馬主としても知られる。勝負服の柄は白、鼠元禄、袖鼠縦縞(海外では色が反転した鼠、白元禄、袖白縦縞)、冠名は特に用いない。日本国内では「株式会社キーファーズ」、海外では本名の名義で馬主登録をしている。

2015年にディープインパクトが父である仔馬グランダルシュを1億6000万円で購入。これ以降、親交のある武豊を鞍上に凱旋門賞を勝つことを目標として馬主活動を行っている[9]。

競馬は自身が小学生の時、スピードシンボリが現役だった頃から観ていたという[1]。成人すると仕事のため競馬から離れていた時期があったが、1991年のエリザベス女王杯の優勝騎手の賞品[注 1]がマツシマホールディングスの提供車であり、松島の父がプレゼンターを務めたことで再び競馬と関わるようになった[1]。その後、知人を通じて[3]知り合った武豊に「そんなに馬券で負けるなら馬が買えますよ」と言われたことから馬主となった[10]。

来歴

主な所有馬

脚注

参考文献

外部リンク

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