クセルクセス2世
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クセルクセスはペルシア王アルタクセルクセス1世と王妃ダマスピアの間に生まれた。唯一の嫡子であったため即位前は王太子であった。紀元前424年12月頃に父王が崩御すると王位を継いだ。しかし、わずか45日後、クセルクセス2世に大きな影響力を持っていた宦官パルナキュアス、メノスタネスなどの協力を得た異母兄弟ソグディアノスによって、酔って眠り込んでいたクセルクセス2世は殺害された。クセルクセス2世の死後、ソグディアノスは王に即位したが、その6ヶ月と15日後、異母兄弟にしてヒュルカニア総督のオコスがダレイオス2世として王に即位し、ソグディアノスは処刑された。パルナキュアスは石打ちの刑に処せられ、メノスタネスは自殺した。
これらの出来事はクニドスの歴史家クテシアスによって記録されているが、その著作は現代の歴史学では信頼性が低いと考えられている。同時代のバビロニアの史料によれば、アルタクセルクセス1世の最後の粘土板文書は紀元前424年12月24日に、ダレイオス2世の最初の粘土板文書は紀元前423年1月10日に作られ、クセルクセス2世とソグディアノスの記録は存在しない。このため、現代ではアルタクセルクセス1世の死後、3人の息子がそれぞれの領地に分立して王位継承権を主張し、最終的にダレイオス2世が勝利を収めたと推測されている。クセルクセス2世はペルシア本土でのみ王と認められたと考えられている[1]。