クリスティアーノ・ビラーギ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Cristiano Biraghi | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1992年9月1日(33歳) | |||||
| 出身地 | チェルヌスコ・スル・ナヴィーリオ | |||||
| 身長 | 185cm | |||||
| 体重 | 78kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF (LSB) | |||||
| 背番号 | 3 | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2005-2011 |
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| 2007-2008 |
→ | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2010-2012 |
| 0 | (0) | |||
| 2011-2012 |
→ | 11 | (0) | |||
| 2012-2014 |
| 33 | (0) | |||
| 2013-2014 |
→ | 23 | (0) | |||
| 2014-2016 |
| 0 | (0) | |||
| 2014-2015 |
→ | 18 | (1) | |||
| 2015-2016 |
→ | 17 | (0) | |||
| 2016-2018 |
| 35 | (1) | |||
| 2017-2018 |
→ | 34 | (1) | |||
| 2018-2025 |
| 178 | (11) | |||
| 2019-2020 |
→ | 26 | (2) | |||
| 2025 |
→ | 15 | (0) | |||
| 2025- |
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| 代表歴2 | ||||||
| 2010-2011 |
| 7 | (0) | |||
| 2010-2015 |
| 10 | (0) | |||
| 2018- |
| 10 | (1) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2025年6月26日現在。 2. 2020年10月23日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
クリスティアーノ・ビラーギ(Cristiano Biraghi, 1992年9月1日 - )は、イタリア・チェルヌスコ・スル・ナヴィーリオ出身のサッカー選手。セリエA・ACFフィオレンティーナ所属。ポジションはDF。イタリア代表。
クラブ
2005年に地元のインテルナツィオナーレ・ミラノでキャリアをスタートさせ、2010年にトップチームへ昇格。2010年11月24日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ・FCトゥウェンテ戦でプロデビューを果たした。しかしその後はクリスティアン・キヴや新加入の長友佑都の存在もありポジションを掴めず、2011年7月にセリエBのSSユーヴェ・スタビアへレンタル移籍を果たした。
2012年夏、セリエB・ASチッタデッラへ共同保有で移籍し、2012-13シーズンには33試合に出場。翌2013年にはセリエA・カルチョ・カターニアへレンタル移籍。
共同保有システムの廃止に伴い2014年6月20日、インテルナツィオナーレ・ミラノへ60万ユーロ+シモーネ・ペコリーニの保有権で復帰[1]。同年7月6日、ACキエーヴォ・ヴェローナへ2年契約でレンタル移籍[2]。しかしレンタルは1年で打ち切られ、2015年8月27日にスペインのグラナダCFへレンタル移籍し初の国外移籍を果たした[3]。
2016年7月11日、セリエAのデルフィーノ・ペスカーラ1936へ完全移籍[4]。35試合に出場したもののクラブは降格した。
2017年8月15日、ACFフィオレンティーナへ買取義務付きのレンタルで移籍[5]。
2019年8月29日、インテルナツィオナーレ・ミラノにシーズン終了まで買い取りオプション付きの期限付き移籍で加入する[6]。
代表
U-21イタリア代表としてUEFA U-21欧州選手権に2大会連続(2013年大会、2015年大会)で出場した。
2018年9月にロベルト・マンチーニが指揮を執るイタリア代表に初招集され、2018年9月7日に行われたUEFAネーションズリーグのホームでのポーランド戦で代表デビューを果たした。翌月10月14日のアウェーでのポーランド戦では後半アディショナルタイムにイタリアをリーグB降格の危機から救う決勝ゴールを挙げた[7]。ビラーギはこの得点を同年3月に死去したフィオレンティーナのキャプテン、ダヴィデ・アストーリに捧げた[7]。