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クリストファー・ネグロン

アメリカの野球選手 (1986 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

クリストファー・デビッド・ネグロン(Kristopher David Negrón, 1986年2月1日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州バーリントン郡ウィリングボロ・タウンシップ(英語版)出身の元プロ野球選手(ユーティリティープレイヤー)、野球指導者。右投右打。現在は、MLBのピッツバーグ・パイレーツのベンチコーチを務める。

出身地 ニュージャージー州バーリントン郡ウィリングボロ・タウンシップ(英語版)
生年月日 (1986-02-01) 1986年2月1日(40歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
180 lb =約81.6 kg
概要 ピッツバーグ・パイレーツ コーチ, 基本情報 ...
クリストファー・ネグロン
Kristopher Negron
ピッツバーグ・パイレーツ コーチ
シンシナティ・レッズでの現役時代
(2011年3月16日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニュージャージー州バーリントン郡ウィリングボロ・タウンシップ(英語版)
生年月日 (1986-02-01) 1986年2月1日(40歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手、外野手
プロ入り 2006年 MLBドラフト7巡目
初出場 2012年6月7日
最終出場 2019年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • シアトル・マリナーズ (2022 - 2025)
  • ピッツバーグ・パイレーツ(2026 -
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経歴

プロ入りとレッドソックス傘下時代

2006年のMLBドラフト7巡目(全体223位)でボストン・レッドソックスから指名され、遊撃手としてプロ入り。契約後、傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・レッドソックスでプロデビュー。A-級ローウェル・スピナーズ(英語版)でもプレーし、2球団合計で50試合に出場して打率.282、2本塁打、21打点、15盗塁を記録した。

2007年はA級グリーンビル・ドライブとA+級ランカスター・ジェットホークスでプレーし、2球団合計で115試合に出場して打率.225、2本塁打、29打点、31盗塁を記録した。

2008年、マイナー3球団(A級グリーンビル、A+級ランカスター、AA級ポートランド・シードッグス)で自己ベストとなる129試合に出場。長打(二塁打24・三塁打8・本塁打8)全てで自己ベストの数字を残したほか、2年連続で31盗塁を決めた。

レッズ時代

2009年8月14日にアレックス・ゴンザレスとのトレードで、シンシナティ・レッズへ移籍した。移籍前後のマイナーリーグ通算では、134試合に出場して打率.259、6本塁打、41打点、27盗塁を記録した。

2010年は、自身初のAAA級ルイビル・バッツへの昇格を経験した。また、この年のマイナーリーグ通算の出場試合数は127試合であり、3年連続で125試合以上に出場した事となった。打撃面では打率.269・11本塁打・41打点という成績をマーク。マイナーリーグで自身3度目の30盗塁以上且つ自己ベストとなる35盗塁をマークしたほか、11本塁打は自己最多の数字である。オフの11月19日にレッズとメジャー契約を結び、40人枠入りした。

2011年3月21日にAAA級ルイビルへ異動した。この年は123試合に出場して打率.216、9本塁打、45打点、11盗塁を記録した。

2012年3月18日にAAA級ルイビルへ配属され、そのまま開幕を迎えた。6月6日にメジャーへ昇格し、翌7日のピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー。4回裏に代走として出場した。その後3試合に代打として出場していたが、6月18日にAAA級ルイビルへ降格した。オフの11月18日にノンテンダーFAとなったが、12月1日にレッズとマイナー契約で再契約した。

2013年はAAA級ルイビルでプレーし、116試合に出場して打率.225、5本塁打、30打点、11盗塁を記録した。10月14日にレッズとマイナー契約で再契約した[1]。

2014年はAAA級ルイビルで開幕を迎え、75試合に出場した。7月10日にレッズとメジャー契約を結んだ[2]。

2015年6月25日にマイナー・オプションでAAA級ルイビルに降格し、7月27日に左肩痛のため7月24日に遡ってマイナーリーグの故障者リスト入りした。7月31日に復帰し、9月8日にメジャー昇格したが、24日に15日間の故障者リスト入り、27日には60日間の故障者リスト入りに移行した。10月30日に40人枠から外れる形でAAA級ルイビルへ配属された後、11月6日にFAとなった[1]。

カブス傘下時代

2016年1月14日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった [3][4]。

この年は傘下のAAA級アイオワ・カブスでプレーし、117試合に出場して打率.256、9本塁打、46打点、23盗塁を記録した。オフの11月7日にFAとなった。

ダイヤモンドバックス時代

2016年11月14日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、2017年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。

2017年は開幕から8月末まで傘下のAAA級リノ・エーシズでプレーし、120試合に出場して打率.300、13本塁打、64打点、13盗塁を記録した。9月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[5]。この年メジャーでは14試合に出場して打率.160・1打点の成績を残した。レギュラーシーズン終了後の10月31日にマイナー契約でAAA級リノへ配属された。

2018年1月9日にダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、同年もスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。シーズンではAAA級リノで開幕を迎え、6月4日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした。6月6日にジョン・ジェイの加入に伴ってDFAとなり[6]、10日に40人枠を外れる形でAAA級リノへ配属された[1]。

マリナーズ時代

2018年8月30日に金銭トレードで、シアトル・マリナーズへ移籍し、傘下のAAA級タコマ・レイニアーズへ配属された[7]。9月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[8]。

2019年3月13日にマイナー契約でAAA級タコマへ配属された[1]。7月16日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[9]。

ドジャース時代

2019年7月29日にダニエル・カストロ(英語版)とのトレードで、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[10]。オフの11月9日に自由契約となり[1]、12日に現役引退を表明した[11]。

引退後

2020年よりマリナーズの選手育成アシスタントディレクターに就任した[12]。2021年はマリナーズ傘下AAA級タコマ・レイニアーズの監督を務めた[12]。2022年からはマリナーズの一塁コーチを務める[13]。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2012 CIN 4542100010000100020.250.400.250.650
2014 4915814419391016691750101201402.271.331.479.810
2015 43107935132001522020903232.140.238.161.399
2017 ARI 1431253410051001040171.160.300.200.500
2018 2330100011000000000.333.333.333.667
SEA 1830296600193200010091.207.233.310.544
'18計 20333267001104200010091.219.242.313.555
2019 1025233500051000020090.217.280.217.497
LAD 3057549141022171100300171.259.298.389.687
'19計 40827712191022681100510261.247.293.338.630
MLB:6年 17041637547831419126321014032151077.221.291.336.627
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背番号

  • 17(2012年、2014年 - 2015年)
  • 45(2017年 - 2019年7月28日、2022年 - )
  • 9(2019年7月30日 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

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