クリス・チェリオス
アメリカのアイスホッケー選手 (1962 -)
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クリス・チェリオス(英語: Chris Chelios, 1962年1月25日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ生まれのプロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。
| クリス・チェリオス | |
|---|---|
|
2023年 | |
| 本名 | クリストス・コンスタンティノス・チェリオス |
| 原語名 | Christos Konstantinos Chelios |
| 愛称 | The Godfather of USA Hockey |
| 生誕 |
1962年1月25日(64歳) イリノイ州シカゴ |
| 身長 | 6 ft 0 in (1.83 m) |
| 体重 | 191 lb (87 kg; 13 st 9 lb) |
| ポジション | ディフェンス |
| ショット | 右打ち |
| 所属したチーム |
モントリオール・カナディアンズ シカゴ・ブラックホークス EHC Biel デトロイト・レッドウィングス アトランタ・スラッシャーズ |
| 代表 |
|
| NHLドラフト |
全体40位(1981年) モントリオール・カナディアンズ |
| プロ選手期間 | 1984年 – 2010年 |
| 2013年殿堂入り | |


26シーズンにわたるNHLキャリアの中で、プレーオフ出場を逃したのはわずか2回であり、アメリカ合衆国史上最高の選手、リーダーの1人である。
経歴
アマチュア
チェリオスは両親を通じたギリシャ系アメリカ人としてシカゴ近郊で生まれ育ち、[1]1977年に家族がカリフォルニア州パウェイに引っ越したことでアイスホッケーをプレーする機会を失った。カナダでのキャリア延長を試みるも、ジュニアBチームから2度外されたため南カリフォルニアに戻り、最終的にサスカチュワン州ムースジョーのジュニアBチームでプレーした。
1981年にウィスコンシン大学からリクルートされると、ここで史上最も成功したアイスホッケーコーチの1人であるボブ・ジョンソンの下でプレー経験を積み、堅実な守備選手へと成長した。
1981年にモントリオール・カナディアンズにドラフト指名されたが大学に残り、1981年と1983年のウィスコンシンのNCAA男子アイスホッケー選手権優勝に貢献し、1983年はオールトーナメントチームにも選出された。
プロ
チェリオスは1984-85シーズンからフルタイムでカナディアンズのロースターに加わり、ルーキーシーズンに64ポイントを獲得し、プレーオフ9試合で10ポイント、+17を記録する活躍を見せた。オフシーズンには1985年のNHLオールルーキーチームに選出され、カルダー記念賞の投票ではマリオ・ルミューに次ぐ準優勝となった。[2]
コーチのジャック・ルメールのもとでシステムを学び、翌1985–86シーズンには早くもスタンレーカップを獲得した。ジャック・ラペリエール、ラリー・ロビンソンやリック・グリーンらのもとで順調に成長し、1988-89シーズンに73ポイントを挙げ、初めてNHLオールスターチームに選ばれ、リーグ最高のディフェンスマンに贈られるジェームス・ノリス記念賞を初めて受賞した。1989-90シーズン前にはギイ・カルボノーと共に共同キャプテンに任命され、カナディアンズ初の非カナダ人キャプテンとして1シーズン務めた。[3]
1990年6月29日、ドラフト2巡目指名権とともに地元チームのシカゴ・ブラックホークスへトレードされた。オルタネイト・キャプテンに任命されたホークス初年度に[4]NHLセカンドオールスターチームに選ばれた。シカゴではジェレミー・ローニック、エド・べルフォアと並ぶチームの看板選手としてファンの支持を集めた。
ホークスは1992年にスタンレーカップ決勝に進出したが、ピッツバーグ・ペンギンズにスイープされた。翌1992-93シーズンには再び73ポイントを記録してノリス賞を受賞し、NHLファーストオールスターチームにも選出された。
1994-95シーズンのロックアウト期間中はスイスリーグで数試合をプレーし、解除後に戻り、ホークスのカンファレンス決勝進出に貢献した。ホークスのキャプテンに就任した翌1995-96シーズンに3度目のノリス賞を受賞し、1995年から3年連続でNHLオールスターチームに選出された。
1999年3月、37歳となったキャプテンのチェリオスはベテランのリーダーシップを求めていたデトロイト・レッドウィングスにトレードされた。2001-02シーズンはレッドウィングスのスタンレーカップ優勝で締めくくられ、7度目のNHLオールスターチームに選出された。
2008年1月8日、チェリオスは45歳348日でゴーディ・ハウに次ぐNHL史上2番目に高齢の選手となり、同年4月12日にプレーオフ通算248試合目を迎えパトリック・ロワが樹立したNHL記録を更新した後にレッドウィングスが再び優勝したことによって、現役最年長のスタンレーカップ優勝選手となった。
2008-09シーズンにレッドウィングスで最後のシーズンを過ごした後、AHLのシカゴ・ウルブズとトライアウト契約を結んだ後にNHLのアトランタ・スラッシャーズと2ウェイ契約を結んだ。スラッシャーズはプレーオフ進出のためにチェリオスを呼び戻すも失敗し、アトランタでの7試合の出場後にウルブズに戻された。
2010年8月31日に正式に引退を発表した。ゴーディ・ハウに並ぶ26年間のNHLキャリアを通じて、アメリカ生まれ選手としてNHL史上最多のレギュラーシーズン1,651試合に出場し、185ゴール、763アシスト、948ポイントを記録し、プレーオフ266試合で31ゴール113アシスト144ポイントを記録した。
引退後はレッドウィングスのアドバイザーに就任し、フロントオフィスやコーチングスタッフと連携し、若手選手の育成とメンター支援を行う。[5]
代表
ウィスコンシン大学マディソン校バジャーズに在籍中の1982年の世界ジュニア選手権で唯一のジュニア代表出場後、1984年冬季オリンピックでアメリカ合衆国代表としてシニアデビューを果たした。
1984年から1991年まで3大会連続でカナダカップに出場し、チームが準優勝した1991年大会ではオールスターチームに選出された。
1996年のワールドカップ・オブ・ホッケーでオルタネイト・キャプテンに就任し、アメリカ合衆国代表は決勝でカナダを破り優勝した。チェリオスは再び大会のオールスターチームに選出された。
NHLがオリンピックに初めて参加した1998年冬季オリンピックで初の代表キャプテンに任命され、アメリカは優勝候補の一角に挙げられていたものの、決勝トーナメント初戦で敗退した。
4年後のアメリカ合衆国での開催となった2002年冬季オリンピックで再び代表キャプテンに就任し、チームは無敗のままカナダとの決勝に進んだが準優勝に終わった。大会のオールスターチームに選出された。
2004年のワールドカップと2006年冬季オリンピックでもキャプテンを務め、キース・カチャックと並んでアイスホッケー男子アメリカ代表として最多4回の冬季オリンピックに出場した。
プレーと評価
チェリオスはあらゆる面を少しずつ兼ね備えていた。キャリア初期は暴力的なプレースタイルと短気で知られていたが、年齢を重ねるにつれて抑制された選手となりつつも、相手に対して容赦なく妥協を許さないディフェンスマンであった。加えて攻撃力と最も重要な場面でパフォーマンスを向上させる能力を持っていて、氷上では大胆な攻撃プレーと力強い守備スタイルで知られていた。
そのプレーの激しさから、世間の認識の中には彼がリーグで軽蔑された悪役の1人と見る向きもあったが、実際のところはNHLで最も尊敬される選手の1人であり、チェリオスとプレーした選手たちは彼のリーダーシップやオーラを理解していた。相手チームにとって自チームの選手を標的にする手強い存在であると同時に、味方にとっては若手からベテランまで親切に気を配る忠実なチームメイトであった。
優雅に滑らかに滑るディフェンスマンのような存在ではなく、ぎこちなさが残り決して流動的ではなかったが、滅多にポジションを外すことはなく、常に最適な位置にいて、何かしらの行動を起こし相手をイライラさせることができた。最も激しい競争者の1人であり、恐れを知らない勇敢さを持ちながら、知的なホッケー選手でもあった。
1984年のオリンピックでは骨折しながら出場したほどで、欠場を考えることはなく出場試合を積み重ねたが、その土台は手を抜かない日々の練習とコンディショニングにある。引退後も25マイルの自転車走を続け、体重をカナディアンズと契約した頃の187ポンド近くに保っていた。肩の怪我で1996年のワールドカップに出場できないかと思われた時も周囲に懇願され、初戦の直前には更衣室に入った。強い責任感と試合に備え真剣に取り組む姿勢は、チームリーダーとしての評判をさらに高めた。
オフアイスでは、両親の家業である飲食店をシカゴとデトロイトで営業し、シカゴで毎年チャリティーゴルフトーナメントを開催していた。また「Cheli's Children」を通じて恵まれない子どもたちのために資金を集めている。[6]
詳細情報
レギュラーシーズンとプレーオフでの成績
太字斜体はNHL記録
| レギュラーシーズン | プレーオフ | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | チーム | リーグ | 試合 | G | A | Pts | PIM | GP | G | A | Pts | PIM | ||
| 1978–79 | ムースジョー・カナックス | SJHL | 24 | 3 | 16 | 19 | 68 | — | — | — | — | — | ||
| 1979–80 | ムースジョー・カナックス | SJHL | 53 | 12 | 31 | 42 | 118 | — | — | — | — | — | ||
| 1980–81 | ムースジョー・カナックス | SJHL | 54 | 23 | 64 | 87 | 175 | — | — | — | — | — | ||
| 1981–82 | ウィスコンシン・バジャース | WCHA | 43 | 6 | 43 | 49 | 50 | — | — | — | — | — | ||
| 1982–83 | ウィスコンシン・バジャース | WCHA | 45 | 16 | 32 | 48 | 62 | — | — | — | — | — | ||
| 1983–84 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 12 | 0 | 2 | 2 | 12 | 15 | 1 | 9 | 10 | 17 | ||
| 1984–85 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 74 | 9 | 55 | 64 | 87 | 9 | 2 | 8 | 10 | 17 | ||
| 1985–86 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 41 | 8 | 26 | 34 | 67 | 20 | 2 | 9 | 11 | 49 | ||
| 1986–87 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 71 | 11 | 33 | 44 | 124 | 17 | 4 | 9 | 13 | 38 | ||
| 1987–88 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 71 | 20 | 41 | 61 | 172 | 11 | 3 | 1 | 4 | 29 | ||
| 1988–89 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 80 | 15 | 58 | 73 | 185 | 21 | 4 | 15 | 19 | 28 | ||
| 1989–90 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 53 | 9 | 22 | 31 | 136 | 5 | 0 | 1 | 1 | 8 | ||
| 1990–91 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 77 | 12 | 52 | 64 | 192 | 6 | 1 | 7 | 8 | 46 | ||
| 1991–92 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 80 | 9 | 47 | 56 | 245 | 18 | 6 | 15 | 21 | 37 | ||
| 1992–93 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 84 | 15 | 58 | 73 | 282 | 4 | 0 | 2 | 2 | 14 | ||
| 1993–94 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 76 | 16 | 44 | 60 | 212 | 6 | 1 | 1 | 2 | 8 | ||
| 1994–95 | EHC ビール | NDA | 3 | 0 | 3 | 3 | 4 | — | — | — | — | — | ||
| 1994–95 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 48 | 5 | 33 | 38 | 72 | 16 | 4 | 7 | 11 | 12 | ||
| 1995–96 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 81 | 14 | 58 | 72 | 140 | 9 | 0 | 3 | 3 | 8 | ||
| 1996–97 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 72 | 10 | 38 | 48 | 112 | 6 | 0 | 1 | 1 | 8 | ||
| 1997–98 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 81 | 3 | 39 | 42 | 151 | — | — | — | — | — | ||
| 1998–99 | シカゴ・ブラックホークス | NHL | 65 | 8 | 26 | 34 | 89 | — | — | — | — | — | ||
| 1998–99 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 10 | 1 | 1 | 2 | 4 | 10 | 0 | 4 | 4 | 14 | ||
| 1999–00 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 81 | 3 | 31 | 34 | 103 | 9 | 0 | 1 | 1 | 8 | ||
| 2000–01 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 24 | 0 | 3 | 3 | 45 | 5 | 1 | 0 | 1 | 2 | ||
| 2001–02 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 79 | 6 | 33 | 39 | 126 | 23 | 1 | 13 | 14 | 44 | ||
| 2002–03 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 66 | 2 | 17 | 19 | 78 | 4 | 0 | 0 | 0 | 2 | ||
| 2003–04 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 69 | 2 | 19 | 21 | 61 | 8 | 0 | 1 | 1 | 4 | ||
| 2004–05 | モーターシティ・メカニックス | UHL | 23 | 5 | 19 | 24 | 25 | — | — | — | — | — | ||
| 2005–06 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 81 | 4 | 7 | 11 | 108 | 6 | 0 | 0 | 0 | 6 | ||
| 2006–07 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 71 | 0 | 11 | 11 | 34 | 18 | 1 | 6 | 7 | 12 | ||
| 2007–08 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 69 | 3 | 9 | 12 | 36 | 14 | 0 | 0 | 0 | 10 | ||
| 2008–09 | デトロイト・レッドウィングス | NHL | 28 | 0 | 0 | 0 | 18 | 6 | 0 | 0 | 0 | 2 | ||
| 2008–09 | グランドラピッズ・グリフィンズ | AHL | 2 | 0 | 1 | 1 | 2 | — | — | — | — | — | ||
| 2009–10 | シカゴ・ウルブズ | AHL | 46 | 5 | 17 | 22 | 24 | 14 | 0 | 0 | 0 | 12 | ||
| 2009–10 | アトランタ・スラッシャーズ | NHL | 7 | 0 | 0 | 0 | 2 | — | — | — | — | — | ||
| NHL 合計 | 1,651 | 185 | 763 | 948 | 2,891 | 266 | 31 | 113 | 144 | 423 | ||||
国際大会
| 年度 | チーム | 大会 | 結果 | GP | G | A | Pts | PIM | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1982 | アメリカ合衆国U20 | WJC | 6位 | 7 | 1 | 2 | 3 | 10 | |
| 1984 | アメリカ合衆国 | OLY | 7位 | 6 | 0 | 3 | 3 | 8 | |
| 1984 | アメリカ合衆国 | CC | 準決勝敗退 | 6 | 0 | 2 | 2 | 4 | |
| 1987 | アメリカ合衆国 | CC | 5 | 0 | 2 | 2 | 2 | ||
| 1991 | アメリカ合衆国 | CC | 8 | 1 | 3 | 4 | 2 | ||
| 1996 | アメリカ合衆国 | WCH | 7 | 0 | 4 | 4 | 10 | ||
| 1998 | アメリカ合衆国 | OLY | 6位 | 4 | 2 | 0 | 2 | 2 | |
| 2002 | アメリカ合衆国 | OLY | 6 | 1 | 0 | 1 | 4 | ||
| 2004 | アメリカ合衆国 | WCH | 4位 | 5 | 0 | 1 | 1 | 6 | |
| 2006 | アメリカ合衆国 | OLY | 8位 | 6 | 0 | 1 | 1 | 2 | |
| ジュニア 合計 | 7 | 1 | 2 | 3 | 10 | ||||
| シニア 合計 | 53 | 4 | 16 | 20 | 40 | ||||
賞歴
- NHLオールルーキーチーム:1985年
- NHLオールスターゲーム選出:11回(1985, 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1996, 1997, 1998, 2000, 2002年)
- ジェームス・ノリス記念賞:3回(1989, 1993, 1996年)
- スタンレー・カップ優勝:3回(1986, 2002, 2008年)
- NHLオールスターチーム
- 1stチーム:5回(1989, 1993, 1995, 1996, 2002年)
- 2ndチーム:2回(1991, 1997年)
- カナダカップ オールスターチーム:1991年
- ワールドカップ・オブ・ホッケー オールスターチーム:1996年
- 冬季オリンピック オールスターチーム:2002年
- NHL プラス/マイナス賞:2002年
- マーク・メシエ・リーダーシップ賞:2007年
- アメリカ合衆国ホッケー殿堂:2011年[7]
- ホッケーの殿堂:2013年[8]
- 最高のNHLプレーヤー100人選出:2017年
- IIHF殿堂:2018年[9]
- IIHFオールタイムUSAチーム選出:2020年[10]
- ミシガンスポーツ殿堂:2025年[11]