クリス・パームリー

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生年月日 (1988-02-24) 1988年2月24日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
220 lb =約99.8 kg
クリス・パームリー
Chris Parmelee
ボルチモア・オリオールズ時代
(2015年6月16日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロングビーチ
生年月日 (1988-02-24) 1988年2月24日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 2006年 MLBドラフト1巡目(全体20位)でミネソタ・ツインズから指名
初出場 2011年9月6日
年俸 $507,500(2015年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

クリストファー・マシュー・パームリーChristopher "Chris" Matthew Parmelee , 1988年2月24日 - )は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロングビーチ出身の元プロ野球選手外野手または一塁手)。左投左打。

プロ入りとツインズ時代

ミネソタ・ツインズ時代
(2013年4月6日)

2006年MLBドラフト1巡目(全体20位)でミネソタ・ツインズから指名され、6月22日に契約。ドラフト当時はパワーヒッターという触れ込みだったが[2]、プロ入り後の成績は中距離タイプである[3]。契約後は傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ツインズで45試合に出場し、打率.279・8本塁打・32打点・3盗塁だった。8月にA級ベロイト・スナッパーズ英語版へ昇格。11試合に出場し、打率.227・2打点だった。

2007年はA級ベロイトで128試合に出場し、打率.239・15本塁打・70打点・8盗塁だった。

2008年はA級ベロイトで69試合に出場し、打率.239・14本塁打・49打点・13盗塁だった。

2009年はA+級フォートマイヤーズ・ミラクルで123試合に出場し、打率.258・16本塁打・73打点・2盗塁だった。

2010年はA+級フォートマイヤーズとAA級ニューブリテン・ロックキャッツでプレー。AA級ニューブリテンでは111試合に出場し、打率.275・6本塁打・44打点・3盗塁だった。オフの11月19日にツインズとメジャー契約を結び[4]40人枠入りを果たした。

2011年2月26日にツインズと1年契約に合意[5]3月14日にAA級ニューブリテンへ異動した[6]。開幕後はAA級ニューブリテンで142試合に出場し、打率.287・13本塁打・83打点だった。9月6日にメジャーへ昇格し[7]、同日のシカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー。3番・一塁で先発起用され、初打席でジェイク・ピービーからメジャー初安打を放った。この日は4打数2安打1三振だった。その後は正一塁手として固定され、21試合に出場。打率.355・4本塁打・14打点だった。

2012年は開幕ロースター入りを果たし、開幕から一塁手として先発起用されていたが、27試合の出場で打率.179と結果を残せず、5月15日ジャスティン・モルノーが故障から復帰したため、AAA級ロチェスター・レッドウイングスへ降格[8]。AAA級ロチェスターでは15試合に出場し、打率.375・4本塁打・12打点と活躍。6月7日に再昇格した[9]。昇格後は23試合に出場したが、正一塁手のモルノーからポジションは奪えず、7月5日にAAA級ロチェスターへ降格[10]7月21日にモルノーが父親産休リスト入りしたため、メジャーへ昇格[11]。2試合に出場し、7月23日にモルノーが復帰したため、再びAAA級ロチェスターへ降格した[12]8月29日に再昇格[13]後は一塁の他に右翼手として起用された。この年は64試合に出場し、打率.229・5本塁打・19打点だった。

2013年は前年オフに正右翼手のベン・リビアフィラデルフィア・フィリーズへ移籍したため、開幕から正右翼手として起用された。開幕後は83試合に出場したが、打率は.223まで落ち込み、7月14日にAAA級ロチェスターへ降格した[14]。その後、9月8日に再昇格した[15]8月31日にモルノーがピッツバーグ・パイレーツへ移籍したこともあり、昇格後は主に一塁手として起用された。この年は自己最多の101試合に出場し、打率.228・8本塁打・24打点・1盗塁だった。

2014年2月28日にツインズと1年契約に合意した[16]が、3月27日に40人枠を外れ、AAA級ロチェスターへ降格した[17]。降格後はAAA級ロチェスターで32試合に出場し、打率.305・7本塁打・23打点と結果を残し、5月9日にツインズとメジャー契約を結んだ[18]。この年からジョー・マウアーが一塁に転向し、開幕から右翼に起用されていたオズワルド・アルシアが故障で離脱していたため、契約後は右翼手として起用された。5月25日にアルシアが復帰し、その後は定位置を確保することができないままシーズンを終えた。この年は87試合に出場し、打率.256・7本塁打・28打点だった。オフの12月13日DFAとなり[19]12月23日にAAA級ロチェスターへ降格した。

オリオールズ時代

2015年1月26日ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ。開幕は傘下のAAA級ノーフォーク・タイズで迎え、6月16日にメジャー契約を結んだ。オリオールズでのデビュー戦となった同日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で6打数3安打でうち2本塁打3打点と打棒が爆発。また、この試合でチームは歴代球団記録の1試合8本塁打を記録し、19 - 3で大勝した[20]7月31日ジェラルド・パーラの加入に伴ってDFAとなり[21]8月8日にAAA級ノーフォークへ降格した。8月14日に前腕の骨折で故障者リストに入った。10月8日FAとなった[22]

ヤンキース時代

2016年2月23日ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[23][22]。開幕は傘下のAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースで迎えた。6月4日マーク・テシェイラの15日間の故障者リスト入りに伴い、メジャー契約を結んで25人枠入りした[24]。昇格後は6月8日ロサンゼルス・エンゼルス戦で2本塁打する活躍もあった[25]が、10日に右足のハムストリングを痛めて15日間の故障者リスト入りした[26]8月13日に復帰したが、同日中に40人枠を外れる形でAAA級スクラントン・ウィルクスバリへ配属された。10月5日にFAとなった[22]

アスレチックス傘下時代

2016年11月19日オークランド・アスレチックスとマイナー契約を結び、2017年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[22]

2017年の開幕をAAA級ナッシュビル・サウンズで迎えたが、その後もメジャー昇格はなく、7月13日に自由契約となった[22]

マーリンズ傘下時代

2017年7月26日マイアミ・マーリンズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスに配属された[22]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2011 MIN 218876827604451400001200133.355.443.5921.035
2012 6421019218441025732000011314524.229.290.380.671
2013 101333294216713081042411033303816.228.309.354.663
2014 8727025027641107962803011702647.256.307.384.691
2015 BAL 321029711217144290100401261.216.255.433.688
2016 NYY 68844102114000000030.500.5001.3751.875
通算:6年 311101191789227483303719815057911023921.248.313.405.717

背番号

  • 64(2011年)
  • 27(2012年 - 2014年)
  • 41(2015年)
  • 26(2016年)

脚注

関連項目

外部リンク

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