グリーンシャトー
From Wikipedia, the free encyclopedia
競走馬におけるグリーンシャトーとは、
| グリーンシャトー | |
|---|---|
| 欧字表記 | Green Chateau[2] |
| 品種 | サラブレッド[2] |
| 性別 | 牝[2] |
| 毛色 | 栗毛[2] |
| 生誕 | 1974年2月10日[2] |
| 死没 | 1987年7月30日(14歳没・旧表記) |
| 父 | シャトーゲイ[2] |
| 母 | クインビー[2] |
| 母の父 | テューダーペリオッド[2] |
| 生国 |
|
| 生産者 | 榊牧場[2] |
| 馬主 | (有)真唱[2] |
| 調教師 |
松元正雄(栗東) →北橋修二(栗東) [2] |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 19戦6勝[2] |
| 獲得賞金 | 5352万9000円[2] |
グリーンシャトー(欧字名:Green Chateau、1974年2月10日 - 1987年7月30日)は、日本の競走馬、繁殖牝馬[2]。競走馬としては大成できなかったが、繁殖牝馬としてタマモクロス、ミヤマポピーの2頭のGI勝ち馬を輩出した。
繁殖成績
エピソード
- 錦野牧場倒産後、牧場にいた繁殖牝馬はちりぢりばらばらになった。グリーンシャトーは消息が確認されたものの、他の牝馬はどこに行ったのかも不明である[4]。
- 錦野昌章は、たび重なる不渡りによりグリーンシャトーを手放すこととなったのは断腸の思いであり、自分がグリーンシャトーを殺したようなものだと語っている。また、神経質で気性が激しく、錦野以外の人間には頑として従わなかった馬であるため、見ず知らずのところへ移されて神経的に参ったのだろうと推測している[5]。
- グリーンシャトーの素晴らしい体つきには、マエコウファームの松本和夫が何故これほどの馬が売りに出されたのかを不思議に思うほどであった。また、「あれほどの牝馬は大手の牧場にだってそうざらにはいません。例えタマモクロスが走っていなくても、そのうちいい仔を出したはず」[3]と、タマモクロスが宝塚記念を勝利した後のインタビューで答えている。この言葉通り、同年の秋にはミヤマポピーがエリザベス女王杯を勝利した。
- グリーンシャトーは北橋が騎手時代に乗って3勝をあげ、4勝目は調教師としての北橋の初勝利となった。北橋夫人がプレゼント代わりにメロンを食べさせたところ、グリーンシャトーの大好物となった。それからというもの、カイバを食べなくてもメロンだけは食べた[3]。
血統表
| グリーンシャトーの血統ハイペリオン系 / Hyperion4×4=12.50% Son-in-law5×5=6.25% Pharos,Fairwey5×5=6.25%) | (血統表の出典) | |||
父 *シャトーゲイ Chateaugay 1960 栗毛 |
父の父 Swaps |
Khaled | Hyperion | |
| Eclair | ||||
| Iron Reward | Beau Pere | |||
| Iron Maiden | ||||
父の母 Banquet Bell |
Polynesian | Unbreakable | ||
| Black Polly | ||||
| Dinner Horn | Pot au Feu | |||
| Tophorn | ||||
母 クインビー 1966 鹿毛 |
*テューダーペリオッド | Owen Tudor | Hyperion | |
| Mary Tudor | ||||
| Cornice | Epigram | |||
| Cordon | ||||
母の母 コーサ |
*ヒンドスタン | Bois Roussel | ||
| Sonibai | ||||
| *ミスチヤネル | Channel Swell | |||
| Constant Chatter F-No.21-a | ||||