ケイシー・コールマン

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生年月日 (1987-07-03) 1987年7月3日(38歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
ケイシー・コールマン
Casey Coleman
2012年3月10日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州リー郡フォートマイヤーズ
生年月日 (1987-07-03) 1987年7月3日(38歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 MLBドラフト15巡目
初出場 2010年6月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
プレミア12 2015年
獲得メダル
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
パンアメリカン競技大会
2015野球
WBSCプレミア12
2015

ジョゼフ・ケイシー・コールマンJoseph Casey Coleman, 1987年7月3日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州リー郡フォートマイヤーズ出身の元プロ野球選手投手)。右投左打。

カブス時代

2008年MLBドラフト15巡目(全体461位)でシカゴ・カブスから指名を受けてプロ入り。同年は傘下のマイナー3球団(A-級ボイシ・ホークス、A級ピオリア・チーフス、A+級デイトナ・カブス)でプレーした。

2009年は、AA級テネシー・スモーキーズに昇格して全て先発で27試合に登板して14勝6敗・防御率3.68の成績を残した。この年挙げた14勝はサザンリーグの最多勝であり、カブスの最優秀マイナー投手にも選ばれた。

2010年は、開幕をAAA級アイオワ・カブスで迎え、全て先発で20試合に登板して10勝7敗・防御率4.07の成績を残した。8月2日ミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビューを果たした。同年カブスでは12試合に登板して4勝2敗・防御率4.11の成績を残した。

2011年2012年は、メジャーとマイナーを行き来する事が多く、メジャーでの成績は振るわなかった。

2013年は、一年間AAA級アイオワに在籍し、メジャーでの登板は無かった。

2014年4月14日FAとなった。

ロイヤルズ時代

2014年4月16日カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズに配属された。5月16日に昇格し、同日のボルチモア・オリオールズ戦で2年ぶりにメジャー復帰したが、この年のメジャー登板はほとんどが9月以降だった。ロイヤルズでは10試合に登板、1勝0敗・防御率5.25の成績を残した。12月15日DFAとなった後[1]、24日にAAA級オマハに配属された[2]

2015年6月30日2015年パンアメリカン競技大会アメリカ合衆国代表に選出されたことが発表され[3]代表入りしている[4][5]。同大会では決勝のカナダ戦でサヨナラ負けし[6]、準優勝で銀メダルを獲得した。

オフの10月5日に自由契約となる。また、10月21日第1回WBSCプレミア12のアメリカ合衆国代表に選出されたことが発表された[7]

ロイヤルズ退団後

2015年12月17日シアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ[8]

2016年は開幕から傘下のAAA級タコマ・レイニアーズでプレーしていたが、7月1日に自由契約となった。7月7日タンパベイ・レイズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級ダーラム・ブルズへ配属された。オフの11月7日にFAとなった[8]

2017年4月7日独立リーグアトランティックリーグニューブリテン・ビーズ英語版と契約した。その後4月30日ヒューストン・アストロズとマイナー契約を結び、5月3日に傘下のAAA級フレズノ・グリズリーズへ配属された[8]7月6日に自由契約となり、24日にニューブリテン・ビーズへ復帰した。ニューブリテンにはシーズン終了まで在籍した。

2018年5月26日に独立リーグ・アトランティックリーグのシュガーランド・スキーターズと契約した。7試合(先発6試合)に登板して3勝0敗、防御率0.96、38奪三振の成績を残した。7月5日にはカブスとマイナー契約を結び、AAA級アイオワへ配属された[8]

2019年2月24日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだが、7月4日に自由契約となった。7月23日にメキシカンリーグティフアナ・ブルズと契約した。

2022年3月1日にメキシカンリーグのユカタン・ライオンズと契約したが、4月15日に60日間の負傷者リスト入りして、1試合も投げることなく退団した[8]

人物

親子孫三代メジャーリーガー

コールマン家は三世代でメジャー経験があり、全員が投手としてメジャーでプレーしている。祖父ジョー・シニア英語版フィラデルフィア・アスレチックス等で活躍し、1948年にはオールスターに選出されており、実働10年で通算52勝。父ジョー・ジュニア英語版デトロイト・タイガース等で活躍し、こちらも1972年オールスターに選出されており、実働15年で通算142勝。引退後もコーチやスカウトとして長く球界に携わっている。その後、孫ケイシーが2010年にメジャーデビューして史上5組目の「親子孫三代メジャーリーガー」及び史上初の「親子孫三代投手のメジャーリーガー」となった[9]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010 CHC 1280004200.66724857.05632522273027264.111.42
2011 19170003900.25039884.1102104634753162606.401.76
2012 1710000200.00011924.13751200161020207.402.01
2014 KC 10000010001.0005512.0160600500875.251.83
MLB:4年 582600081300.381820177.2211188956123711171135.721.69
  • 2017年度シーズン終了時

背番号

  • 27(2010年 - 2012年)
  • 25(2014年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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