ゲルリッツ

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紋章 地図
Lage der kreisfreien Stadt Görlitz in Deutschland
基本情報
連邦州:ザクセン州
行政管区:ドレスデン行政管区
郡:ゲルリッツ郡
面積:67.22 km²
人口:

55,186人(2024年12月31日現在) [1]

人口密度:821 人/km²
標高:海抜 199 m
緯度経度:北緯 51度09分10秒
東経14度59分14秒
郵便番号:02826-02828 (旧: 89xx)
市外局番:03581
ナンバープレート:GR
自治体コード:14 6 26 110
市の構成:10 市区、 8 街区
市庁舎の住所:Untermarkt 6/8
02826 Görlitz
ウェブサイト:www.goerlitz.de
E-Mail:online@goerlitz.de
行政
上級市長:ヨアヒム・パウリック (Joachim Paulick) (CDU)

ゲルリッツ(Görlitz [ˈɡœʁlɪts] ( 音声ファイル), ソルブ語: ズホリェルツ Zhorjelc)は、旧オーバーラウジッツ地方(Oberlausitz)、現ザクセン州ナイセ川流域にあるドイツ都市である。現在はドレスデン都市圏に属する。

ゲルリッツの図(1575年)
ナイセ川の国境の橋から撮影された聖ペテロ・パウロ教会。向かって左に隣接する灰色の建物は、当市に現存する最古の世俗建築物であるヴァイトハウス。

ゲルリッツの名は、スラヴ語で「燃やされた土地」(町を切り開く際に土地が焼かれた)を意味する言葉(「燃える」や「燃やす」を意味するロシア語のгоретьやチェコ語のhořetと同語源。)に由来する。ゲルリッツが最初に文献に登場するのは、当時ローマ王だったハインリヒ4世が1071年に書いた書簡である。この時の表記が villa Goreliz で、その後13世紀に Gorlez, Gorlicz, Zgorliz と記され、1474年には Görlicz と表記された[2]。13世紀以降、重要道路が交差し、交通の要衝に位置するこの町は交易により発展する。

14世紀にはラウジッツの6都市同盟(Oberlausitzer Sechsstädtebund)を主導した。フス派との戦いでは妥協無しに戦った。1440年頃以後領地を大幅に拡大させた。1500年頃の人口は約1万人を数えた。都市の内部騒乱(1369年、1390年、1405年)は1521年にはルター派の運動に移行した[3]

三十年戦争以後ザクセン選帝侯の支配下に入り、ナポレオン戦争の後、1815年のウィーン会議によりプロイセンシュレージエンの一部となった。

第二次世界大戦ではドイツが敗北する直前、町のナイセ川にかかる橋がすべて爆破された。大戦後、オーダー・ナイセ線東ドイツとポーランドとの国境線とされたため、旧ゲルリッツ市のナイセ川東岸が1948年にポーランド領ズゴジェレツ(Zgorzelec)となり、残りの部分は東ドイツのザクセン州の一部となった。その後ゲルリッツは1952年からドレスデン県に属し、ドイツ統一に際し再設置されたザクセン州に復帰した。

2002年の水害により、ゲルリッツとズゴジェレツを結ぶ橋が損傷したが、2004年10月に復旧した。

ゲルリッツとズゴジェレツの両都市は2007年12月ポーランドがシェンゲン協定に加盟したことにより、検問が廃止されて再度一つの町として発展する方向に向かい、「2030年までに1都市、1行政、1議会」とする計画を立てている[4]

これに合わせポーランド、チェコと共同でナイセ大学(Neisse University)が開学したが、2019年に募集停止となった。

2008年、ゲルリッツ郡(Landkreis Görlitz)が発足し、郡庁所在地となる。同郡は、人口流出による少子高齢化と過疎化が著しい[5]

政治・経済

2017年以降、右派・極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」の勢力の中心地で[6][7]2021年ドイツ連邦議会選挙ではゲルリッツの有権者のうち35.8パーセント[8]と国内最高の得票率を記録し、2025年ドイツ連邦議会選挙では48.9パーセント[9]と記録を更新した。

Prognos AG研究所が3年ごとに発表するドイツ全自治体の経済指標では、2025年版(Zukunftsatlas 2025)でドイツ全国の400の自治体のうち最下位の400位となっている。将来性については、8段階のカテゴリにおいて最低の「リスクが非常に高い地域」に格付けされる[10]

文化

第2次世界大戦による損害をほとんど被らなかったおかげで、このドイツ最東の都市には、中世 ゴシックルネッサンスバロックアールヌーボーの見事な建築が多数残されている[11]。旧市街を囲む中世の門と塔のうち、現在まで残るのはライヘンバッハ塔(Reichenbacher Turm)、ニコライ塔(Nikolaiturm)、肥満塔(Dicker Turm)、陰門(Finstertor)である。

交通

  • ゲルリッツ市電
  • ゲルリッツ交通有限会社が運営する路線バスのうち、2025年8月現在、A系統がポーランド側の都心も通るよう設定されている。

姉妹都市

ゲルリッツ出身の人物

関連項目

出典

外部リンク

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