サン・フロリアーノ・デル・コッリオ
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| サン・フロリアーノ・デル・コッリオ San Floriano del Collio | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 |
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| 州 |
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| 県/大都市 |
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| CAP(郵便番号) | 34070 |
| 市外局番 | 0481 |
| ISTATコード | 031019 |
| 識別コード | H845 |
| 分離集落 | なし [1] |
| 隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 |
| 公式サイト | リンク |
| 人口 | |
| 人口 | 729 人 (2023-01-01 [2]) |
| 人口密度 | 69 人/km2 |
| 文化 | |
| 住民の呼称 | colliani |
| 守護聖人 | 聖フロリアーノ (San Floriano) |
| 祝祭日 | 5月4日 |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯45度59分 東経13度35分 / 北緯45.983度 東経13.583度座標: 北緯45度59分 東経13度35分 / 北緯45.983度 東経13.583度 |
| 標高 | 276 (52 - 276) [3] m |
| 面積 | 10.57 [4] km2 |
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サン・フロリアーノ・デル・コッリオ(伊: San Floriano del Collio ; スロベニア語: Števerjan)は、イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ゴリツィア県にある、人口約700人の基礎自治体(コムーネ)。
イタリア語での地名に含まれる「コッリオ」は、国境線を跨いで隣接するスロベニアの自治体(オプチナ)・ブルダ市のイタリア語名称であり、またそれを中心とする地方名 (it:Collio (territorio)) でもある。この一帯はヴェネツィア・ジュリアの一部であり、第二次世界大戦後にスロベニア(ユーゴスラビア)領とイタリア領に分割された。同様に「コッリオ」を含むコムーネとしては、ブルダ市を挟んで北西にドレーニャ・デル・コッリオがある。
地理
位置・広がり
ゴリツィア県北部に位置し、スロベニアとの国境に沿って東西8kmほどの細長い領域を持つ。サン・フロリアーノの中心集落はコムーネの北東部に偏って位置しており、ドブロヴォ(スロベニア領ブルダ市)の南南東約5km、県都ゴリツィアの北西約5km、コルモンスの東北東約10km、州都トリエステの北北西約39kmにある。
隣接コムーネ
隣接するコムーネ、およびそれに相当する行政区画は以下の通り。括弧内のSLOはスロベニア領を示す。
- ブルダ (Collio) (SLO) - 北
- ゴリーツィア - 南東
- モッサ - 南
- カプリーヴァ・デル・フリウーリ - 南西
- コルモンス - 西
気候分類・地震分類
サン・フロリアーノ・デル・コッリオにおけるイタリアの気候分類 (it) および度日は、zona E, 2702 GGである[5]。 また、イタリアの地震リスク階級 (it) では、zona 2 (sismicità media) に分類される[6]。
主要な集落
サン・フロリアーノの中心集落はその東北部に偏って位置している。
歴史
1928年、サン・フロリアーノ・デル・コッリオのコムーネは廃止され、サン・マルティノ・ディ・キスカ(San Martino di Quisca、現在のスロベニア領ブルダ市の一部。スロベニア語名: Šmartno)に編入された。
1947年、この地域がイタリアとユーゴスラビアとの間で分割された際、現在のサン・フロリアーノ・デル・コッリオの領域はイタリア領となり、カプリーヴァ・デル・フリウーリの一部となった。1951年、サン・フロリアーノ・デル・コッリオは自治体(コムーネ)として再設置された。

