モラーロ
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| モラーロ Moraro | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 |
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| 州 |
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| 県/大都市 |
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| CAP(郵便番号) | 34070 |
| 市外局番 | 0481 |
| ISTATコード | 031013 |
| 識別コード | F710 |
| 分離集落 | なし [1] |
| 隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 |
| 公式サイト | リンク |
| 人口 | |
| 人口 | 702 人 (2023-01-01 [2]) |
| 人口密度 | 200.6 人/km2 |
| 文化 | |
| 住民の呼称 | moraresi [3] |
| 守護聖人 |
聖アンデレ [3] (Sant'Andrea) |
| 祝祭日 | 10月30日 [3] |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯45度56分 東経13度30分 / 北緯45.933度 東経13.500度座標: 北緯45度56分 東経13度30分 / 北緯45.933度 東経13.500度 |
| 標高 | 44 (39 - 48) [4] m |
| 面積 | 3.50 [5] km2 |
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モラーロ(伊: Moraro) は、イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ゴリツィア県にある、人口約700人の基礎自治体(コムーネ)。
地理
位置・広がり
ゴリツィア県北部に位置する、フリウーリ地方の閑静な農村である。県都ゴリツィアからは西に約10km、ウーディネから南東へ約26km、州都トリエステからは北西に約38kmの距離に位置する [7]。
コムーネの面積は3.5 km²で、県では最も小さい。
隣接コムーネ
隣接するコムーネは以下の通り。
- カプリーヴァ・デル・フリウーリ - 北東
- サン・ロレンツォ・イゾンティーノ - 東
- ファッラ・ディゾンツォ - 南東
- グラディスカ・ディゾンツォ - 南西
- マリアーノ・デル・フリウーリ - 西
- コルモンス - 北西
北東にカプリーヴァ・デル・フリウーリ、東にサン・ロレンツォ・イゾンティーノの市街が近接する。南に5kmほどの距離に、フリウーリ東部の文化的な中心であるグラディスカ・ディゾンツォがある。
気候分類・地震分類
モラーロにおけるイタリアの気候分類 (it) および度日は、zona E, 2279 GGである[8]。 また、イタリアの地震リスク階級 (it) では、zona 2 (sismicità media) に分類される[9]。
歴史
モラーロは古代ローマの村落(vicis)として登場した。地名は、植物の桑(Morars)に由来する。多く生えていた桑はこの地を特徴づけるもので、ローマ人たちは桑からシロップを生産していた[10]。
また、この地にはランゴバルド人の集落もあったと考えられ、かれらの墓地の遺跡が発掘されている。出土品はウィーン自然史博物館に展示されている[10]。
モラーロははじめコルモンスの町に属していたが、のちにアクイレイアの教会領となった。10世紀にはハンガリーの、15世紀にはトルコの侵入を受けた。1420年にはヴェネツィア共和国の領域となり、1497年にはハプスブルク君主国(のちのオーストリア帝国)に編入された。
第一次世界大戦休戦後の1918年、イタリア王国が占領下に置き、1920年に正式にイタリア領となった。
社会
人口
人口推移

居住地区別人口
国立統計研究所(ISTAT)は居住地区(Località abitata)別の人口として以下を掲げている[4]。統計は2001年時点。
| 地区名 | 標高 | 人口 | 備考 |
|---|---|---|---|
| MORARO | 39/48 | 694 | |
| MORARO * | 44 | 690 | |
| Case Sparse | - | 4 |
ISTATは人口統計上、家屋密度の高い centro abitato (居住の中心地区)、密度の低い nucleo abitato (居住の核となる地区)、まとまった居住地区を形成していない case sparse (散在家屋)の区分を用いている。上の表で地名がすべて大文字で示されているものが centro abitato である。「*」印が付されているのは、コムーネの役場・役所 la casa comunale の置かれている地区である。
