サーク島
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| 本国 | |||||
| 王室属領 | |||||
| 首都 | サーク | ||||
| 座標 | 北緯49度25分59秒 西経2度21分39秒 / 北緯49.43306度 西経2.36083度座標: 北緯49度25分59秒 西経2度21分39秒 / 北緯49.43306度 西経2.36083度 | ||||
| サーク領主 | クリストファー・ボーモント | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 世界第n位 5.46km2 0% | ||||
| 人口 - 総計(2023年) - 人口密度 | 世界第n位 562人 102人/km2 | ||||
| 公用語 | 英語、フランス語 | ||||
| 通貨 | ガーンジー・ポンド(イギリス・ポンドと等価) | ||||
| 時間帯 | UTC (DST, +1) | ||||
| ccTLD | .gg | ||||
| 国際電話番号 | 44-1481 | ||||



サーク島(英語: Sark)は、ヨーロッパのイギリス海峡にあるチャンネル諸島に位置し、イギリスの王室属領のガーンジー代官管轄区に属する島である。
歴史
16世紀にエリザベス1世から島の統治権が領主に与えられ、当時の地主40人が議員となり、議会を独占する体制を確立する。以降約450年間もの間、封建制による自治を存続することになる。
1850年頃から、ボーモント家が領主を務めることになる。以降、約150年間にわたって同家による領主体制が続いた。
2000年、欧州人権裁判所が同島に対して封建制の廃止を要求した。地主達は、長年に渡って戦争などが無く平和であることを理由に抵抗した。しかしイギリス政府からも圧力が掛かり民主化を受け入れることになった。
2008年1月、地主らによる話し合いによって、それまで地主が独占していた議会を公選制による議会制(28議席)に変えることを決定。
2008年12月10日、サーク島で初の選挙が行われた。この結果に基づき全住民による自治が開始された。
政治
地理
面積は約5.2km2で、周囲はおよそ65kmである。南にあるリトル・サーク島とはラ・クーペ(La Coupée)と呼ばれる長さ300フィート(約91m)の狭い地峡でつながっている。
西海岸の岬、海食柱、洞窟一帯の海域にGrantia compressaなどのカイメン、ウスマメホネナシサンゴ、Caryophyllia smithiiなどのサンゴ、ヒドロ虫、イソギンチャク、ホヤ、キタノシラタマを含む無脊椎動物が多く生息しており、2007年にラムサール条約登録地となった。ただし、外来種の外肛動物のWatersipora subtorquataの増加は生態系に対する脅威となっている[2]。
人口
交通
観光
主産業は観光である。島の中心部にはビジター・センターがあり、観光に関する情報が得られる。
宿泊施設
以下のように宿泊施設は十分に整っている。
- ホテル - 6軒
- ゲストハウス - 10軒
- 自炊施設 - 18箇所
- 野営地 - 2箇所
移動手段
自転車を貸し出す業者が3箇所、馬車を貸し出してくれるところが2箇所あるので、それらを利用して島内を移動することができる。
言語
その他
- サッカーの島代表が存在する。
- サーク島で育った馬術選手カール・ヘスターは、2012年ロンドン五輪の馬場馬術団体で金メダル、2016年リオ五輪で銀メダル、2020年東京五輪と2024年パリ五輪で銅メダルを獲得した。
- モーリス・ルブランの小説『三十棺桶島』の舞台であるサレク島(Sarek)は、サーク島がモデルとされている。ただし、サレク島の地理的位置はブルターニュ半島の南に設定されている。
- マーヴィン・ピークの1953年の小説『Mr Pye』の舞台となった。
- J・K・ローリングがロバート・ガルブレイス名義で書いた犯罪小説「私立探偵コーモラン・ストライク」シリーズの第8作『The Hallmarked Man』(2025年)にサーク島が登場し、執筆に先立ち2024年3月にサーク島を訪れ、島の風景をXに投稿している[5][6]。
