ジム・ネグリッチ
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2014年7月18日 | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | ニューヨーク州バッファロー |
| 生年月日 | 1985年3月2日(40歳) |
| 身長 体重 |
5' 9" =約175.3 cm 185 lb =約83.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 二塁手 |
| プロ入り | 2006年 MLBドラフト6巡目でピッツバーグ・パイレーツから指名 |
| 初出場 | CPBL / 2014年5月17日 |
| 最終出場 | CPBL / 2015年7月31日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジェームズ・ウィリアム・ネグリッチ(James William Negrych, 1985年3月2日 - )は、アメリカ合衆国・ニューヨーク州バッファロー出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
台湾での登録名は耐克。
プロ入りとパイレーツ傘下時代
2006年のMLBドラフトで、ピッツバーグ・パイレーツに6巡目(全体170位)で指名されプロ入り。
2008年は、傘下A+級リンチバーグ・ヒルキャッツとAA級アルトゥーナ・カーブの2球団合計で129試合に出場し、打率.359、5本塁打、72打点の成績を残した[1]。
2009年は、傘下AA級アルトゥーナで93試合に出場し、打率.272、3本塁打、30打点の成績を残した[1]。
2010年は、傘下AA級アルトゥーナとAAA級インディアナポリス・インディアンスの2球団合計で123試合に出場し、打率.283、4本塁打、54打点の成績を残した[1]。
マーリンズ傘下時代
2011年3月30日にカルロス・ポーリーノとのトレードでフロリダ・マーリンズへ移籍した[2]。この年は傘下AA級サザンリーグのジャクソンビル・サンズで121試合に出場し、打率.304、5本塁打、46打点の成績を残した[1]。
ナショナルズ傘下時代
2012年4月22日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[3]。この年は傘下AA級ハリスバーグ・セネターズで3試合、傘下AAA級シラキュース・チーフスで91試合に出場し、2球団合計で打率.271、8本塁打、42打点の成績を残したが、メジャー昇格の機会はなかった[1]。オフの11月2日にFAとなった[1]。
ブルージェイズ傘下時代
2012年11月20日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結び、2013年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[1][4]。
2013年は自身の故郷に本拠地を置く球団である、傘下AAA級のバッファロー・バイソンズで開幕を迎えた。4月18日の古巣のシラキュース・チーフス戦でサイクル安打を記録した。この試合は27対9でバッファロー・バイソンズが勝利している[5]。 7月にはAAA級のオールスターゲームにも名前を連ねた[6]。この年はAAA級バッファロー108試合に出場し、打率.285、3本塁打、44打点の成績を残したが、メジャー昇格の機会はなかった[1]。オフの11月4日にFAとなった。
フィリーズ傘下時代
2014年1月13日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだが[7]、開幕前の3月23日に自由契約となった[1]。
独立リーグ時代
2014年4月3日にアトランティックリーグのランカスター・バーンストーマーズと契約を結んだ[8]。3試合に出場して10打数5安打の成績を残して退団した[9]。
台湾球界時代
2014年5月7日にCPBLの中信兄弟と契約を結んだ。開幕後は打率.360を超える好成績を残していたが、左大腿筋を断裂し治療に時間がかかるため、8月27日に契約解除となった[10]。
2015年1月26日に中信兄弟に再入団した[11]。外国人投手補強に伴う外国人枠の関係で、8月1日に契約解除となった[12]。