ジョナサン・シガー
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| プロフィール | |
|---|---|
| 愛称 | ジョナサン |
| 生年月日 | 1984年8月3日 |
| 現年齢 | 41歳 |
| 出身地 |
|
| 血液型 | A型[1] |
| 公称サイズ([1]時点) | |
| 身長 / 体重 | 175.9 cm / ― kg |
| スリーサイズ | 91 - 73 - 97 cm |
| 靴のサイズ | 27~27.5 cm |
| 活動 | |
| モデル内容 | 一般 |
| 他の活動 | タレント・俳優 |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
ジョナサン・シガー(Jonathan Aaron Sieger、1984年8月3日 - [1])は、台湾生まれ、群馬県出身[1]のモデル、司会者、タレント、エイジアプロモーション所属[1]。アメリカ国籍。血液型A型。高崎市立佐野中学校[2]、群馬県立高崎工業高等学校卒業[3]。
父・マックスウェルはアメリカ人、母・ミッシェルがイタリア人のハーフ。
アメリカ国籍だが、アメリカに住んだ経験は、曰く「1秒もない」。家族の公用語は英語(2019年4月までこのことを隠していた)。
台湾に生まれ、3歳の頃に両親と兄との4人で来日した[4]。
流暢な(若干群馬訛りの)日本語を喋る一方、英語は苦手とし、学生時代に友人が英語のテスト中にカンニングしてきたが、2人仲良く赤点だった(この逸話については後述)。
ハーレクインコンテストのファイナリストに選ばれた。
『5時に夢中!』には黒船特派員として出演するほか、ピンチヒッターとして司会もこなす(番組内では「お馬鹿さんキャラ」「残念キャラ」として岩井志麻子・中瀬ゆかりにいじられることが多い)。兄も一時期出演しており、ジョナサンが休む際のピンチヒッターとして登場していた。
父は宣教師、母はモデル、祖母が元ハリウッド女優のヴァージニア・アン・リー、叔父に元メジャーリーガーのケビン・エルスター。
ユンボの資格(車両系建設機械運転者)、乗馬5級を持っている[5]。
初体験は高校1年生である。
2010年の夏、名前がジョナサンという理由だけで「(勝手に)ジョナサンに100日連続通う」という挑戦に挑み、見事成し遂げ、ジョナサンの本社から御礼状が贈られた[6]。
周りに外国人がいないため、自分が外国人であることを忘れて鏡を見て「あ!俺、外国人なんだ!」とビックリすると述べている。学生時代は野球をしており、相手チームに「助っ人外国人がいる!」と恐れられたが、自身は野球があまり上手くなく 、結局三振で終わり、相手チームどころかチームメイトまでガッカリする結果となった。
厚切りジェイソンが出てからは「薄切りジョナサン」と呼ばれるようになった。
2015年11月19日に放送された『5時に夢中!』によると、父親のマックスウェルは、米国・ロサンゼルス出身。母親のミッシェルはニューヨーク出身。両親はともに宣教師であった。両親は1980年に結婚し、世界を放浪しながら宣教活動をはじめる(その際、自分達の持ち物は全て寄付してあげてしまったという)。その後、キリスト教が根付いていなかったアジアを中心に布教活動を開始。1982年に兄のジェイソンが香港で誕生、1984年にジョナサンが台湾で誕生した。
2025年現在、兄・ジェイソンは企業家として活躍しており、自分達兄弟のことを「兄弟格差」とジョナサンは表現している。宣教活動中のジョナサン一家を支援していたのは、グラミー賞を5回受賞したドナ・サマーであった。サマーは、ジョナサンの母・ミッシェルの親友だった、とのこと。サマーは、ジョナサンとジェイソンの両親が宣教活動で家を空けている間、彼らの子守やオムツ交換もしてくれたことがあったという。しかし、サマー側の身内に不幸があった後、経済的支援は途絶えてしまった、という。
1986年に一家は宣教活動のために来日。ジョナサン曰く、その当時の日本の若者の自殺率は世界のトップクラスだったらしく、父のマックスウェルは、日本の若者の自殺状況を何とかしたかった、という。しかし、その前後に起きた急な円高変動に見舞われ、ジョナサン一家は、来日早々、経済的な困難を強いられた。来日後のはじめの3ヶ月は、渋谷のラブホテルのオーナーの好意でそのホテルで過ごした。このような前途多難な環境でも、母のミッシェルはポジティブさを発揮し、ラブホテルの部屋にある全面鏡張りにテンションがあがったという。
その後、知人のつながりを頼りに、長野→仙台→軽井沢→山梨を転々として、最終的に群馬に落ち着いた。軽井沢では初めてしっかりした家(知人の別荘)に住めたという。しかし、シーズンの夏になると別荘の持ち主が利用しにやってくるということで退去。その当時の野宿・放浪生活中に、活躍したのがスーツケースだったという。ベビーベッド感覚で、兄とジョナサンはスーツケースのなかで寝ていた、とのこと。
兄のジェイソンが日本の小学校に入学する歳となり、父のマックスウェルが真剣に働くことを決意。父は牧師、母は英語教師として定職に就き、野宿生活から4畳半の生活へと環境はグレードアップした。ベッドは、スーツケースから押入れになった。後年、事業が成功した兄とともに、両親に群馬の一軒家をプレゼントしたとのこと。
前述のように2019年まで英語は全く話せないと公言していたが、同年のテレビ番組『有吉反省会』で「“小さい頃から日本育ちで英語が全くしゃべれない”というウソを14年間つき、数々の仕事をゲットしたこと」を反省した。幼少時から家族間の会話は英語だったとプロフィールを訂正した。
父方の祖母であるヴァージニア・アン・リーは、ハリウッド女優でもあり、フランク・シナトラにも認められたミュージュカル女優でもあった、とのこと。シナトラのほかにも、マリリン・モンローや、ジーン・ケリー、フレッド・アステアなどにも認められて共演したことがある、とジョナサンは紹介している。代表作としては「マッシュ」がある[7]。
父方のおじである、ケビン・エルスターは、元・メジャーリーガーで、アレックス・ロドリゲスに記録を破られるまで、ショートでの連続無失策試合記録保持者の記録を12年間持っていた、とのこと。
日本国内の役所でカタカナの氏名を登録する際、家族は全員、ファミリーネームを「シーガー」としているところ、自分だけ「シガー」と思い込んでおり、そのように登録したら、家族全員の証明書を取り寄せてみると、自分だけ家族に含まれていなかったという。