ジョニー・ウィンター・アンド
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| 『ジョニー・ウィンター・アンド』 | ||||
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| ジョニー・ウィンター・アンド の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| ジャンル | ブルースロック、ハードロック、ロックンロール | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | コロムビア・レコード | |||
| プロデュース | ジョニー・ウィンター、リック・デリンジャー[1] | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ジョニー・ウィンター アルバム 年表 | ||||
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『ジョニー・ウィンター・アンド』(Johnny Winter and)は、アメリカ合衆国のブルース・ミュージシャン、ジョニー・ウィンター率いるジョニー・ウィンター・アンドが1970年に発表したスタジオ・アルバム。ウィンターのコロムビア・レコード契約後としては3作目のアルバムに当たる。
1965年に「ハング・オン・スルーピー」をヒットさせたインディアナ州のロック・バンド、マッコイズのメンバーがバックを務め[4]、ギタリストのリック・デリンジャーは4曲のソングライティングに加えて共同プロデューサーとしても貢献し、ドラマーのランディ・Zも「アム・アイ・ヒア?」を提供した[1]。この共演は、当時ウィンターとマッコイズの両方のマネージャーだったスティーヴ・ポールが提案し[5]、ウィンター自身は新バンドの方向性について「他のメンバーがソングライティングも歌唱もできる、全員が可能な限り、あらゆる意味で音楽的に貢献できるバンドが欲しかった」と説明している[4]。なお、メンバーのうちランディ・ジョー・ホブスは、ジョニー・ウィンター・アンドが解散してからも1974年までウィンターの全スタジオ・アルバムに参加し、1976年発売の『狂乱のライヴ』、『トゥゲザー』といったウィンターのライヴ・アルバムにも演奏を残している[6]。
「ノー・タイム・トゥ・リヴ」は、トラフィックがアルバム『トラフィック』(1968年)で発表した曲のカヴァー。デリンジャーが提供した「ロックンロール・フーチー・クー」は、本作のヴァージョンが初出に当たり[7]、デリンジャーのソロ・アルバム『オール・アメリカン・ボーイ』(1973年)に収録されたセルフ・カヴァーは、シングル・カットされて全米23位を記録している[8]。
反響・評価
母国アメリカでは、コロムビアから発売された前2作と比べて売り上げは低調で、Billboard 200では154位に終わった[3]。一方、イギリス盤LP (S 64117)は全英アルバムチャートで29位に達し、ウィンター初の全英トップ40アルバムとなった[2]。
Bruce Ederはオールミュージックにおいて5点満点中4.5点を付け「彼が初期2作のアルバムで焦点を当てていたブルース色の代わりに、歌唱の面でも選曲の面でも、ここではよりロック指向の方法論へ広がりを見せた」「このレコードにはどこにも弱い瞬間がない」と評している[9]。また、ロバート・クリストガウはB+を付け「元ポップ・スターのリック・デリンジャーが北部を描写」「元ブルースマンのウィンターが南部を描写」と評している[10]。
「ゲス・アイル・ゴー・アウェイ」は、ジェイク・E・リーのアルバム『リトレイスド〜塊顧〜』(2005年)でカヴァーされた[11]。