ジョー・ブラントン

アメリカの野球選手 (1980 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ジョー・ブラントンJoe Blanton, 本名:ジョゼフ・マシュー・ブラントンJoseph Matthew Blanton, 1980年12月11日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。愛称はジョー・B[1]

生年月日 (1980-12-11) 1980年12月11日(45歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
255 lb =約115.7 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ジョー・ブラントン
Joe Blanton
フィラデルフィア・フィリーズでの現役時代
(2008年8月1日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テネシー州ナッシュビル
生年月日 (1980-12-11) 1980年12月11日(45歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
255 lb =約115.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 MLBドラフト1巡目追補(全体24位)でオークランド・アスレチックスから指名
初出場 2004年9月21日 テキサス・レンジャーズ
最終出場 2017年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

プロ入り前

ケンタッキー州のフランクリン・シンプソン高等学校を卒業するまでは捕手をしていた。ケンタッキー大学進学後に投手となる。大学でのチームメイトにはブランドン・ウェブがいる。

プロ入りとアスレチックス時代

2002年MLBドラフト1巡目追補(全体24位)でオークランド・アスレチックスから指名され、プロ入り。

2004年9月21日テキサス・レンジャーズ戦でメジャーデビューを果たす。この年は、3試合に登板した。このシーズン終了後、緊縮財政下にあるアスレチックスは年俸総額削減のため、先発ローテーション "ビッグ3" のうちティム・ハドソンマーク・マルダーを他球団へ放出した。

2005年、ブラントンは実質1年目ながら先発ローテーションに定着。先発登板33試合はオークランド移転後の球団新人記録を更新、12勝は同最多タイだった[2]。また、防御率3.53・WHIP1.217はともにリーグ10位。同じくこの年にローテーションに定着した同い年のダン・ヘイレンやブラントンの活躍で、アスレチックスは前年より勝ち星を3つ減らしただけで済んだ(88勝74敗)。

2006年は16勝を挙げたが、被安打が大きく増加し防御率4.82も前年より1.29悪化、リーグの先発投手平均より悪かった。

2007年は230.0イニング(リーグ2位)を投げ14勝10敗・防御率3.95を記録した。シーズン途中でポストシーズン進出が絶望的となったアスレチックスは、数年後を見据えた動きを始める。それは、主力選手をトレードで放出して見返りに相手球団の将来有望な若手選手を集めることだった。チームのエースだったヘイレンもアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した。

2008年はブラントンがヘイレンに代わってエースとなった。こうして3月25日日本東京ドームで開催された開幕戦に登板したが、6回途中3失点で降板している。ブラントンはこの年不調で、前半戦終了時点で5勝12敗・防御率4.96と低迷。一方のアスレチックスはシーズン開幕後も主力放出・若手獲得を進める。7月8日には、3月の日本開幕シリーズでブラントンに続いて第2戦に先発したリッチ・ハーデンシカゴ・カブスへ移籍している。

フィリーズ時代

2008年7月17日フィラデルフィア・フィリーズへ若手3選手とのトレードで移籍することになった。移籍後は4勝留まり(無敗)で計9勝12敗と初の負け越しで4年連続二桁勝利にはならなかったが、自身初出場となったワールドシリーズでは第4戦に登板して勝利投手となり、打者としても本塁打を放った。この年フィリーズはワールドシリーズを制した。

ドジャース時代

2012年8月にロサンゼルス・ドジャースへ移籍した。オフにフリーエージェント(FA)となった。

エンゼルス時代

2012年12月12日に2年1500万ドル(3年目は800万ドルのオプション)でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに移籍した[3]

2014年3月26日に自由契約となった[4]

古巣復帰と現役引退

2014年3月31日にアスレチックスとマイナー契約を結んだ[5]。傘下のAAA級サクラメント・リバーキャッツへ異動となり、2試合に先発した。4月13日に現役引退を発表した[6]

現役復帰・ロイヤルズ時代

2015年2月13日カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ。4月5日に傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズへ配属された[7]5月16日にメジャー昇格した。7月28日DFAとなった[8]

パイレーツ時代

2015年7月29日に金銭トレードで、ピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[9]。オフの11月2日にFAとなった[10]

ドジャース復帰

2016年1月19日、ドジャースと1年契約を結んだ[11]。この年は復帰してから本格的にリリーフ専任となり、リーグ8位タイ・チームトップ[12]となる75試合に登板。7勝2敗・防御率2.48・WHIP1.01という素晴らしい成績を残し、通算100勝まであと1とリーチをかけた。また、前年に開花した三振奪取能力も健在で、投球イニング数と同数の80三振を奪った。オフの11月3日にFAとなった[13]

ナショナルズ時代

2017年3月2日ワシントン・ナショナルズと1年400万ドル+出来高最大100万ドルで契約を結んだ[14][15]。この年は51試合に登板し通算100勝を達成したが、防御率5.68と打ち込まれた。11月2日にFAとなった[16]

投球スタイル

球を低目に集めて相手打者を打たせて取るタイプの投手で、2007年の与四球率1.57がリーグ4位になるなど四球が少ない。球種は88 - 93mph(約141.6 - 149.7km/h)のフォーシームシンカーカッターの速球3種と、大きく曲がるカーブ、そしてスライダーチェンジアップ[17]だが、カッターは2008年に投げ始めて2013年以降は使用していない。投球フォームは、かつて捕手をしていたことが影響しているのか、腕を後ろに引く動作が小さくなっていて、まるで捕手が送球するような投げ方になっている。本人はこのフォームについて「僕にはこれが自然な投げ方。きっと、打者はタイミングを取りにくいんだろう」とコメントしている[18]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
2004 OAK 300000000----308.061200600555.631.00
2005 3333200121200.500835201.11782367351164286793.531.22
2006 3231110161200.571856194.1241175845107301111044.821.54
2007 3434311141000.583950230.0240164044140311061013.951.22
2008 202000051200.294550127.0145123531621074704.961.42
PHI 131300040001.00030570.266103103491036334.201.37
'08計 333300091200.429855197.2211226634111201101034.691.40
2009 313100012800.600837195.11983059481637089884.051.32
2010 29280009600.600765175.220627436313420104944.821.42
2011 1180001200.33318041.1525901350023235.011.48
2012 21202128900.471560133.11412218231154074684.591.18
LAD 10100002400.33324657.26671630511032324.991.42
'12計 3130212101300.435806191.0207293453166501061004.711.26
2013 LAA 282000021400.125611132.21802934441089096896.041.61
2015 KC 1540002220.50017241.2436710400019183.891.20
PIT 21000050001.00013734.12619413920761.571.02
'15計 3640007220.77830976.06971651792026242.841.12
2016 LAD 75000072028.77831580.05572642803023222.481.01
2017 WSH 5100002407.33319544.153101321391029285.681.49
MLB:13年 42725283310197235.51075441767.21896223467444112844139148604.381.34
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  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

MiLB

背番号

  • 64(2004年)
  • 55(2005年 - 2008年途中、2013年、2015年途中 - 2016年)
  • 56(2008年途中 - 2012年、2017年 - )
  • 49(2015年 - 同年途中)

脚注

関連項目

外部リンク

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