スコット・サイズモア
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
アスレチックス時代 | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | バージニア州バージニアビーチ |
| 生年月日 | 1985年1月4日(40歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 185 lb =約83.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手、三塁手 |
| プロ入り | 2006年 ドラフト14巡目(全体420位)でデトロイト・タイガースから指名 |
| 初出場 | 2010年4月5日 カンザスシティ・ロイヤルズ戦 |
| 年俸 | $500,000(2013年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
スコット・ダニエル・サイズモア(Scott Daniel Sizemore, 1985年1月4日 - )は、アメリカ合衆国・バージニア州バージニアビーチ出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
タイガース時代
バージニア・コモンウェルス大学(Virginia Commonwealth University)を経て、2006年のドラフト5巡目(全体142位)でデトロイト・タイガースから指名され、19万7500ドルの契約金で入団[2]。A-級オネオンタ・タイガースで主に遊撃手として70試合に出場し、3本塁打35打点7盗塁、打率.327だった。
2007年から二塁手に転向。A級ウエストミシガン・ホワイトキャップスで125試合に出場し、4本塁打48打点16盗塁、打率.265だった。
2008年はA+級レイクランド・フライングタイガースで53試合に出場し、4本塁打20打点14盗塁、打率.286だった。
2009年はAA級エリー・シーウルブズで59試合に出場し、9本塁打33打点7盗塁、打率.307だった。6月にAAA級トレド・マッドヘンズへ昇格。AAA級では71試合に出場し、8本塁打33打点14盗塁、打率.308だった。オフの11月20日に40人枠入りを果たした。
2010年1月27日にタイガースと1年契約に合意。開幕ロースターに入り、4月5日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャーデビューしたが、打率が上がらず、5月16日にはAAA級トレドへ降格した。7月21日にブランドン・インジの故障により再昇格し、プロ入り後初めて三塁の守備に就いた[3]。7月29日にAAA級へ降格。9月5日に再昇格した。この年は48試合に出場し、3本塁打14打点、打率.224だった。
2011年3月22日にAAA級トレドへ異動。5月2日にメジャー昇格。17試合に出場し、打率.222だった。
アスレチックス時代
2011年5月27日にデビッド・パーシーとのトレードでオークランド・アスレチックスに移籍した[4]。AAA級サクラメント・リバーキャッツでプレー後、6月6日にメジャー昇格。AAA級サクラメントへ降格したケビン・クーズマノフに代わる三塁手として起用され、93試合に出場。11本塁打52打点4盗塁、打率.249だった。
2012年3月3日に左膝の前十字靭帯の故障で60日間の故障者リスト入りし、シーズンを全休した[5]。10月29日に故障者リストから外れた。
2013年は開幕ロースター入りしたが、4月9日のロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム戦で左膝を負傷し、4月10日に15日間の故障者リスト入りした。4月22日に60日間の故障者リストへ異動し、残りのシーズンを全休した。この年は2試合の出場にとどまった。11月20日に40人ロースターから外れ、AAA級サクラメントへ降格。11月22日にFAとなった。
ヤンキース時代
2014年1月12日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結び[6]、1月13日に球団が発表した。AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースで開幕を迎え、4月15日にヤンキースとメジャー契約を結んだ[7]。4月20日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリへ降格した[8]。7月31日に放出された[9]が、8月9日にヤンキースとマイナー契約で再契約した[10]。
ヤンキース退団後
2015年1月2日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結ぶ。7月8日に解雇となり、8月22日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結ぶ。