スティーブ・ガービー

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スティーブン・パトリック・ガービーSteven Patrick Garvey, 1948年12月22日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州タンパ出身の元プロ野球選手内野手)。

生年月日 (1948-12-22) 1948年12月22日(77歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
192 lb =約87.1 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
スティーブ・ガービー
Steve Garvey
2010年6月、ドジャースタジアムにて
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州タンパ
生年月日 (1948-12-22) 1948年12月22日(77歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
192 lb =約87.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1968年 MLBドラフト1巡目
初出場 1969年9月1日
最終出場 1987年5月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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178cmとメジャーリーガーの中では小柄ながら、巧守巧打の一塁手として活躍した。

現在は南カリフォルニアで実業家として活躍中。

来歴・人物

ドジャース時代のガービーのバッティング(1970年代)

1968年MLBドラフト1巡目(全体13位)でロサンゼルス・ドジャースに指名され契約。1969年9月1日の対ニューヨーク・メッツ戦で、7回裏にレイ・ラム英語版への代打として出場してMLBデビューを果たすが、ジャック・ディラウロ英語版の前に三振を喫した。同年9月10日の対ヒューストン・アストロズ戦の8回表にアラン・フォスター英語版への代打として出場し、デニー・レマスター英語版からMLB初安打を記録した。

1974年には打率.312、21本塁打、111打点の活躍でチームのワールドシリーズ進出に貢献し、ナ・リーグMVPに選ばれた。この年から1977年まで4年連続してゴールドグラブ賞を受賞。遠征には複数のミットを持ち、乾燥した地域ではこのミット、小雨の試合ではこのミットというように使い分けていた。二塁手デービー・ロープス三塁手ロン・セイ遊撃手ビル・ラッセルと共に、8年間不動の内野陣を築く。

1978年MLBオールスターゲームでMVPを獲得。同年のナ・リーグチャンピオンシップシリーズで4本塁打(史上最多タイ)を打ち、このシリーズのMVPに選ばれる。人間的にも優れ、ボランティアや奉仕活動に貢献した選手に贈られるロベルト・クレメンテ賞1981年に受賞している。この年にはキャリア唯一のワールドシリーズ優勝に輝いた。

1983年サンディエゴ・パドレスに移籍。1984年にはチームが地区優勝を果たし、シカゴ・カブスとのチャンピオンシップシリーズに出場(当時は5回戦制)。1勝2敗と後のない状態で迎えた第4戦で、リー・スミスからサヨナラ2点本塁打を打ち、2勝2敗のタイに戻す。パドレスは翌日の第5戦にも勝ってチーム史上初のワールドシリーズに進出。ガービーは自己2度目のリーグチャンピオンシップシリーズMVPに選ばれた。ワールドシリーズはデトロイト・タイガースに敗れたが、この年にはルー・ゲーリッグ賞にも選ばれた

次第に忍び寄る衰えには勝てず、1986年には打率.255に終わり、ジョン・クルックの成長もあって1987年5月23日の出場を最後に現役を引退。不振のガービーをラインナップから外す際に、当時監督のラリー・ボーワは「私の野球人生でもっとも辛い決断」とコメントした。

ドジャース時代の1975年9月3日からパドレス時代の1983年7月29日にかけて、1207試合連続出場を果たす。これは、当時MLB史上第3位であった(2010年現在では第4位)。

ガービーのパドレス在籍時の背番号「6」。
サンディエゴ・パドレスの永久欠番1988年指定。

背番号はドジャース、パドレスを通じて『6』をつけており、最後のシーズンを迎えたパドレスで引退の翌1988年4月16日にガービーの在籍時の背番号『6』はパドレス初の永久欠番に指定された。

引退後は「ガービー・コミュニケーションズ」という情報コマーシャル会社を設立。

2011年のMLBドラフトで、息子のライアンがフィラデルフィア・フィリーズから15巡目で指名された。なお、1970年代にドジャース1軍で本人が4番を打っていた当時、実父がキャンプ地のチームバス運転手として働いていたことでも知られている。

2024年11月のカリフォルニア州の上院議員選挙に共和党代表として出馬することが報じられている。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
1969 LAD 3330100010000000010.333.333.333.667
1970 34100938255013361101600173.269.310.355.665
1971 8124922527511217862612122120336.227.290.382.673
1972 96317294367914291243042031931368.269.312.422.734
1973 1143663493710617381535002031143428.304.328.438.766
1974 156685642952003232130111154183143668.312.342.469.811
1975 1607046598521038618314951123633636619.319.351.476.827
1976 16269663185200374132848019859501116920.317.363.450.813
1977 16269664691192253333221159674381019015.297.335.498.834
1978 16268963989202369213191131051840917017.316.353.499.852
1979 16269764892204321283221103646371625925.315.351.497.848
1980 16370465878200271263071066113436636717.304.341.467.808
1981 11046143163122231101776435132561498.283.322.411.732
1982 1626606256617635116261865359201018610.282.301.418.718
1983 SD 1004253887611422014178594105291133916.294.344.459.802
1984 161653617721752728230861211024316425.284.307.373.680
1985 162699654801843461728181001635736725.281.318.430.748
1986 155584557581422202122781120323517218.255.284.408.692
1987 2778765162012190000101103.211.231.276.507
MLB:19年 23329466883511432599440432723941130883623390479113291003251.294.329.446.775
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  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

内野守備
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一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)




































1970 LAD -10000----27235954.943
1971 --79531611411.939
1972 3332031.000-85711872818.902
1973 7671826558.993--
1974 1561536628108.995--
1975 160150077896.995--
1976 1621583673138.998--
1977 1601606558137.995--
1978 1611546749121.994--
1979 1621402937101.995--
1980 16215021126122.996--
1981 110101955184.999--
1982 15815391118102.995--
1983 SD 10088849669.994--
1984 15912328701171.000--
1985 1621442925138.997--
1986 148116053794.994--
1987 20138110101.000--
MLB 2059188441026811498.99610000----1911474074733.922
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外野守備
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左翼(LF)右翼(RF)
























1973 LAD 813120.87510000----
MLB 813120.87510000----
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  • 各年度の太字はリーグ最高、赤文字はMLB歴代最高
  • 各年度の太字年ゴールドグラブ賞受賞

表彰

記録

背番号

外部リンク

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