リー・スミス

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生年月日 (1957-12-04) 1957年12月4日(68歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
225 lb =約102.1 kg
リー・スミス
Lee Smith
1985年、カブス在籍時のスミス
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国 ルイジアナ州シュリーブポート
生年月日 (1957-12-04) 1957年12月4日(68歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1975年 シカゴ・カブスからドラフト2巡目
初出場 1980年9月1日
最終出場 1997年7月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
殿堂表彰者
選出年 2019年
得票率 100.0%
選出方法 ベテランズ委員会

リー・アーサー・スミスLee Arthur Smith, 1957年12月4日 - )は、アメリカ合衆国ルイジアナ州出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

クローザーを務め、2006年トレバー・ホフマンに抜かれるまで通算478セーブはMLB歴代1位であった。2008年には、マリアノ・リベラがスミスの記録を更新した。

1975年シカゴ・カブスからドラフト2巡目(全体28位)で指名され契約。プロ生活を先発投手として始めたが、マイナー時代にランディ・ハンドリー監督がスミスをリリーフへ転向させた[1]1980年9月1日にメジャーデビュー。

1982年ウィリー・ヘルナンデスとともにクローザーとして起用され[1]1983年は開幕から5月6日までの10試合連続で無失点に抑え、その後防御率は2点を上回ることなくシーズンを終え、[2]自己ベストとなる防御率1.65を記録。クローザーとしてリーグ最多の29セーブを記録し、オールスターに初めて選出された。1984年から1987年にかけて4年連続で30セーブ以上を記録し、1987年までに180セーブを記録し、通算セーブの球団記録保持者[1]となった。

1987年12月8日にアル・ニッパーカルビン・シラルディとのトレードでボストン・レッドソックスへ移籍し、1990年シーズン途中の5月4日にトム・ブラナンスキーとのトレードでセントルイス・カージナルスへ移籍[3]

1991年9月28日にシーズン45セーブ目を記録し、1984年にブルース・スーターが記録したシーズンセーブ記録に並んだ[4]。その後、10月1日と2日にセーブを記録し、リーグ記録を47にまで伸ばした[5]1992年は昨年に続きリーグ最多となる43セーブを記録した。

1993年は6月に15セーブを記録し、月間セーブ記録を更新し[1][6]、8月13日に通算358セーブ目を記録し、ジェフ・リアドンの通算セーブ記録を更新した[4]。8月31日にリッチ・バチェラーとのトレードでニューヨーク・ヤンキースへ移籍[3]。カージナルスでは160セーブを記録し、2006年8月13日にジェイソン・イズリングハウゼンによって記録更新されるまで球団記録だった[7]

1994年1月29日に1年契約でボルチモア・オリオールズへ移籍し[1][4]1994年12月13日に2年契約でカリフォルニア・エンゼルスへ移籍[4]1995年6月11日に1988年ダグ・ジョーンズの15試合連続試合セーブのMLB記録を更新し、記録を18にまで伸ばした[8]

1996年トロイ・パーシバルがエンゼルスのクローザーとして起用され、5月27日にチャック・マクロイとのトレードでシンシナティ・レッズへ移籍[9]。移籍後もジェフ・ブラントリーがクローザーでスミスはセットアップとして起用され[1]、シーズントータルで2セーブで、WHIPは1.500とデビュー年以来の数字にまで悪化した。

1997年モントリオール・エクスポズでプレイし、7月2日のトロント・ブルージェイズ戦がメジャー最後の登板となった。1998年ヒューストン・アストロズとマイナー球団でプレイし、現役を引退。18年間で8球団を渡り歩き、通算478セーブを記録した。

2006年ワールド・ベースボール・クラシックでは南アフリカ共和国代表の投手コーチを務めた。

2019年7月21日

2019年ベテランズ委員会の選出でアメリカ野球殿堂入りを果たした[10]

詳細情報

脚注

外部リンク

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