スレイド・ヒースコット
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| オークランド・アスレチックス (マイナー) | |
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2015年5月26日 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | テキサス州ボウイ郡テクサーカナ |
| 生年月日 | 1990年9月28日(34歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 195 lb =約88.5 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2009年 MLBドラフト1巡目(全体29位)でニューヨーク・ヤンキースから指名 |
| 初出場 | 2015年5月20日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ザカリー・スレイド・ヒースコット(Zachary Slade Heathcott, 1990年9月28日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ボウイ郡テクサーカナ出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。MLB・オークランド・アスレチックス傘下所属。
プロ入りとヤンキース時代
2009年のMLBドラフト1巡目(全体29位)でニューヨーク・ヤンキースから指名され、8月22日に契約。この年は傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ヤンキースでプロデビュー。3試合に出場して打率.100だった。
2010年はA級チャールストン・リバードッグスでプレーし、76試合に出場して打率.258・2本塁打・30打点・15盗塁の成績を残した。
2011年はA級チャールストンで52試合に出場後、6月にA+級タンパ・ヤンキースに昇格。しかし肩の負傷で1試合のみの出場にとどまった。A級チャールストンでは52試合に出場して打率.271・4本塁打・16打点・6盗塁の成績を残した。
2012年は肩の怪我により出遅れ、6月にルーキー級ガルフ・コーストリーグで復帰。5試合に出場後、A+級タンパへ昇格。A+級タンパでは60試合に出場して打率.307・5本塁打・27打点・17盗塁の成績を残した。オフに教育リーグのアリゾナ・フォールリーグに参加し、スコッツデール・スコーピオンズに所属した。
2013年はAA級トレントン・サンダーでプレーし、103試合に出場して打率.261・8本塁打・49打点・15盗塁の成績を残した。オフの11月20日にヤンキースとメジャー契約を結び[1]、40人枠入りを果たした。
2014年3月12日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースへ異動した。この年はAA級トレントンでプレーしたが、膝の故障で9試合に出場にとどまり、打率.182・1打点だった。オフの12月3日にノンテンダーFAとなった[2]。
2015年1月5日にヤンキースとマイナー契約で再契約した[3]。5月20日にメジャー初昇格を果たし[4]、同日のワシントン・ナショナルズ戦で代走で起用され、メジャーデビュー。25日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦ではメジャー初本塁打を放った[5]。この年は17試合に出場しただけだったが、打率.400・長打率.720・OPS1.149という好成績を残し、圧倒的な打棒を発揮した。守備面では、右翼手を9試合、中堅手を8試合で守り、いずれのポジションでも失策なしで乗り越えた。
2016年3月22日、マイナー・オプションでAAA級スクラントン・ウィルクスバリへ配属された[6]。5月26日に自由契約となった[6]。
ホワイトソックス傘下時代
2016年6月14日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ[7]。移籍後は傘下のルーキー級アリゾナリーグ・ホワイトソックスとAAA級シャーロット・ナイツでプレーし、移籍前を含めた3球団合計で64試合に出場して打率.254・4本塁打・26打点・4盗塁の成績を残した。オフの11月7日にFAとなった[6]。
ジャイアンツ傘下時代
2017年2月18日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ[8]。この年は傘下のAA級リッチモンド・フライングスクウォーレルズとAAA級サクラメント・リバーキャッツでプレーし、2球団合計で114試合に出場して打率.267・14本塁打・41打点・11盗塁の成績を残した。オフの11月6日にFAとなった[6]。
アスレチックス傘下時代
2018年1月10日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[6]。