スーパー・ストリングス
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| 『スーパー・ストリングス』 | |||||
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| スタンリー・クラーク、アル・ディ・メオラ、ジャン=リュック・ポンティ の スタジオ・アルバム | |||||
| リリース | |||||
| 録音 | 1995年4月 ハリウッド スタジオ56[2] | ||||
| ジャンル | ジャズ、フュージョン、ワールド・フュージョン | ||||
| 時間 | |||||
| レーベル | I.R.S.レコード/Gai Saber | ||||
| プロデュース | スタンリー・クラーク、アル・ディ・メオラ、ジャン=リュック・ポンティ | ||||
| 専門評論家によるレビュー | |||||
| スタンリー・クラーク アルバム 年表 | |||||
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| アル・ディ・メオラ 年表 | |||||
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| ジャン=リュック・ポンティ 年表 | |||||
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『スーパー・ストリングス』(原題:The Rite of Strings)は、スタンリー・クラーク、アル・ディ・メオラ、ジャン=リュック・ポンティが連名で1995年に発表したスタジオ・アルバム。3人ともエレクトリック楽器の多用で知られる奏者だが、本作にはアコースティック・セッションが収録された[3]。
当時アコースティック音楽に傾倒していたアル・ディ・メオラの提案により、アコースティック・トリオという形になった[4]。また、スタンリー・クラークによれば、ドラムスを含まないアコースティック・トリオという構想は早い段階からあったが「ひとまずピアノを入れてみようかと話したけど、それはすぐにやめたよ。それからジャン=リュックの名前が出てきて、それは良さそうだと感じた」とのことである[5]。ジャン=リュック・ポンティは後年、「当時はアコースティック・ヴァイオリンを弾けるかどうか猜疑的だったよ。私は5歳の頃から音楽学校を卒業するまでクラシック・ヴァイオリンを続けてきたけど、ジャズやロックに傾倒してアンプを使うようになってからは、エレクトリック・ヴァイオリニストとして個性を築いてきたからね」「家では(アコースティック・ヴァイオリンを)練習していたけど、ステージでは本当に弾いていなかった」と振り返っている[4]。なお、クラークとディ・メオラは1970年代にリターン・トゥ・フォーエヴァーで活動を共にしており、ポンティは1972年にトニー・ウィリアムス率いるライフタイムでクラークと初共演したが、ディ・メオラとポンティの共演はこれが初めてだった[4]。
3人は1994年7月よりヨーロッパ・ツアーを開始し[4]、モントルー・ジャズ・フェスティバル出演時の模様は2005年にDVD『Live at Montreux 1994』としてリリースされている[6]。そして1995年4月に本作を録音した[2]。
「インディゴ」は、ディ・メオラが「ワールド・シンフォニア」というプロジェクトでリリースしたアルバム『ハート・オブ・ジ・イミグランツ』(1993年)で発表した曲の再演[7]。「ルネッサンス」はポンティのリーダー・アルバム『極光』(1976年/原題:Aurora)からの曲の再演[8]。クラークとチック・コリアの共作による「ソング・トゥ・ジョン」は、クラークのリーダー・アルバム『ジャーニー・トゥ・ラヴ』(1975年)で発表された曲の再演で[9]、クラークとポンティは2005年、ディ・メオラの代わりにバンジョー奏者のベラ・フレックを迎えた「トリオ!」というユニットのライヴでも同曲を演奏している[10]。
本作のリリースに伴い、北米、南米、ヨーロッパで6か月にわたるツアーが行われた[11]。また、3人は2003年11月にクラーク主催のベネフィット・コンサートでも共演し、2004年には再び北米ツアーを行っている[11]。